2022年09月03日

強みを探して就職活動に活かす

 
 
 一昨年来のコロナウイルスは収束したかと思ったら、新型のオミクロン株の登場で先行きが不透明となり、高校、大学卒業予定者の就職活動にも大きな影響を与えているようだ。 採用担当者と直接お会いできず、オンラインによる面談が主流ということになり、自分をうまくアピールできる学生さんばかりかというとそうでもなく、採用する側も自分たちの求める人材かどうかの判断は難しくなって来ているのではないかと思う。

 もう相当以前の話になって恐縮だが、就職活動で苦労した? 私の子供の話を紹介する。
 大学4年生になった私の長男の元に毎日のように色々な企業、団体から会社案内や資料請求用の葉書が送られてくるようになった。
それまでのんびり大学生活を送ってきた彼も少しはひき締まった顔で会社説明会や就職セミナーに出かけるようになった。
時折、私に「これはどんな会社なのか?」と聞いてくるようになった。私も息子が就職できなくてフリーターなんて奇妙な境遇になられても困るので少しは相談に乗るようにした。
彼が送られてきた資料を見ながら、「お父さん、面接の時、自己アピールをして下さいと言われるが、僕は何をアピールしたらいいと思う?」と私に聞く。
私は「そんなことは自分で考えなさい」と言おうと思ったが、それも不親切なので、私は「それだったら自分の強みを何かを考えてみなさい。それをアピールすればいい。君の強みは何だ?」と聞くと、「そんなものあるかなぁ………。僕には特別な才能はないし………」と自信なさそうに言う。
考え込んでいる息子の顔を見ながら、自分自身が大学生の頃、就職に当たって、自分をアピールするのにどんなことをしたかを思い起こしてみた。
そして、彼の参考になるかもしれないと考えて、私の体験を息子に話した。それは次のような話である。

 「お父さんが大学を卒業したらどこに就職するかを真剣に考えたのは3年生から4年生になる春休みだった。自分はどういう人間なのか、自分の強みは何か、そもそも自分は何がやりたいのか、何に向いているのかを考えてみた。
お父さんの学部は商学部で、マーケティング専攻だったが、ほとんど勉強していなかったので、残念ながら学業の面では自信を持ってこれだとアピールできるものはなかった。
そこで他の学生になくて自分にだけあるものは何かないかと考えた。
中学生時代に家計を助けるため、新聞配達したり、納豆売りをするという経験をした人はそれほど多くないだろう。
大学に進学する人の大部分は中学を卒業したら昼間の高校に進学して、そこで大学入試の指導を受けて合格しており、中学を卒業して昼間は工場で働き、そのかたわら夜間高校で勉強して、独力で昼間の大学に合格する人は多くないはずだ。大学の入学費用や授業料、月々の生活費を親から出してもらうのが普通であり、すべてを自分で賄って大学生活を送ってきた人は稀だろう。お父さんは幸か不幸か、その稀な存在であり、評価は分かれるかと思うが、他の人にはなく、私にだけあるものといったら、その体験しかない。そしてそれは自分の強みであるとお父さんは判断した。
 便箋10枚くらいにそのような体験を通じて学んだこと、感じたことを率直に書いて、それを自分の入社したい会社のトップに送ることにした。
 お父さんはリコーという会社の社長の市村 清さんという人を尊敬していたので、その書いたものを、市村 清さんに送ることにした。
 手紙を送付したところ、これが苦労人であった市村社長の共感を得たようで、すぐ会いたいという返事が来た。会社にお伺いして、先方の責任者と面談した結果、『ぜひウチに来なさい』」ということでリコーへの入社が内定した」

 私がそのような話をした後で、「どうだ。何か参考になるだろう」と言うと、息子は「お父さんは苦労したという貴重な体験があったのでアピールするものがあったが、僕はお陰様で苦労知らずに育ったからアピールするものがないよ」と言う。
 「別に苦労したという体験がなければアピールできないということではない。たまたまお父さんの場合は他の人と比較して抜きん出たものが見当たらず、他の人達とは違った体験をしたことが強みになると考えて書いたに過ぎない。君には君にしかない、他の人より優れたものがあるはずだ。それをアピールすればいい」
 「そんなのあるかなぁ。あったら教えて下さい」
 私はしばらく考えて、息子がスポーツ全般に大変な興味を持っていることを思い出した。
 「君は過去10年間の重賞レースの優勝馬と騎手名を挙げろと問われたら全部答えられるのではないか?」
 「うん、ほぼそれは答えられる」
 「過去10年間の高校野球の春の選抜の優勝校と夏の大会の優勝校はどこかを挙げろと問われたらどうだ?」
 「うん、それもほぼ答えられる」
 「君はラクビーもサッカーもプロ野球も大相撲もスポーツと名の付くものにはすべて興味を持っている。興味を持っている関係もあるが、いつ、どこが、誰が、どのようにして優勝したかといったデータが君の頭に入っている。好きなことだからといえばそれまでだが、君の記憶力は他の人に比べて抜群に優れていると私は思う。もし、君がマスコミ関係に就職を希望するのだったら、それを君の強みとしてアピールすればよいではないか」
 「そんなことがアピールするものになるかなぁ」
 「十分なるよ。自信をもっていい」
 「分かった。他にも探してみるよ。ちょっと自信が沸いて来た。どうもありがとうございました」
 この息子は、父親の言うことを素直に聞く。そしてきちんとお礼の挨拶をするという今どき珍しい存在である。
 息子はこの後、自分が最も興味があり、今現在の自分の強みを最もアピールできると判断したスポーツ新聞社をいくつか受験しH新聞社の内定をいただいた。
 早いものであれから10数年、息子は今ではいっぱしの新聞記者になっている。

 私の息子がそうであるように、探せば誰にだって一つや二つは他の人に優るものがあるのではないかと思う。学生だから学業成績が優れていることが一番望ましいが、学業成績が良いからといって社会に出て、仕事でいい結果を出すとは限らない。学業成績が良くないことは決して自慢できることではないが、それを補う強みを何か持っていれば実社会では何とか他に伍していくことができる。
 その強みは体力であったり、スポーツであったり、頑張り精神であったり、特技であったりする。歌がうまいことだって、おしゃれであることだって仕事に直結しなくても、場合によってはそれが強みになる。素直な性格だって強みかもしれない。
 就職試験で面接官から君は何ができるかという質問が出たら、自分の強みを挙げ、そういった強みが仕事でも何らかの形で生きるのではないかと話せば、私がそうであったように分かる人には分かってもらえると思う。
 よく考えてみれば、中学を卒業して4年間の実社会を体験してきた私自身でさえ、自分が何をやりたいのか、何が向いているのか分からなかったのだから、そういう体験のない学生が「君は何ができる人間なのか?、何に向いているかを話しなさい」と言われても、答えを出すのは無理な話かもしれない。
 ただ、これまでの20数年間の人生の中で、自信をもってやれたこと、他の人から称賛されたことがいくつかはあるはずである。
 面接官も自分の学生時代のことを思い起こして、「君は何ができるか?」、「何が向いているか?」なんて自信を持って答えられないような質問はしないで、「君の強みは何か?」と問い掛けて、出てきた強みから当人の潜在的能力を判断していただきたいものである。
 私が自分の息子に話した「自分の強みを見出して、それをアピールする」という作戦は間違っていないと私は思うので、就職活動を開始するお子さんをお持ちの方に勧める次第である。
 また、このことは子供さんだけでなく、ご自身が就職活動をする時にも、自分の強みを活かすという考えはそのまま使えると思うので、ぜひご活用いただきたいと思います。

posted by 今井繁之 at 11:18| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

鼻を利かせる


「気が利く」という言葉には色々な意味合いがあるが、私は「気が利く」の一つに「鼻を利かせる」(=鼻が利く)を入れてもよいかと思っている。
「鼻が利く」という言葉を広辞苑で引くと『(嗅覚が鋭い意から)わずかな兆候から役に立つ事柄を見つけだす能力を持っていること』と出ている。
 私は「鼻が利く」を思いがけない事柄に遭遇した場合、それを漫然と見過ごすことなく、それを「なぜそのようなことが起きたのか? なぜ、なぜ」と好奇心を持って探求していき、新たなビジネスチャンスを見出だすことと解している。
そういった意味で、鼻を利かせた具体的事例として次のような話がある。
オロナミンCやポカリスエットで有名な大塚製薬という会社の商品に「ゴキブリホイホイ」というユニークな商品がある。ゴキブリが、この商品の持つ匂いに釣られて囲いに入って来たところで、それを逃がさず捕らえるというものである。
この会社の知人に聞いた話であるが、この「ゴキブリホイホイ」の誕生はちょっとしたミスがきっかけであったという。大塚製薬で抗生物質の試験をやっているグループがあり、そのグループがタイのチェンマイから持ってきた土を分析していた。 ある時、その分析に使用していたビーカーを洗うのを忘れて帰ってしまった。翌朝、研究員が出社してみると、なんとビーカーの中にゴキブリが80匹ほど入っていたという。大騒ぎになったが、よく考えてみると、「ビーカーの中にゴキブリを誘引するような物質があるのではないか」、そして「これは一般家庭の台所の悩みであるゴキブリの退治に使えるのではないか」と発想した。かくして、あの「ゴキブリホイホイ」が誕生したということである。
期待していたことが出現せず、まったく期待していないことが出現した場合、なぜそんなことになったのか、その原因を探る。それとともに、思いがけず出現したことを何か活かすことができないかと、気を利かせて考えてみる。それが思いもかけないヒット商品に繋がることを、この例は物語っている。

大塚製薬ほど有名ではないが、私の知り合いに「防犯ミラー」を製造・販売している「コミー」という会社の社長をしている小宮山栄さんという人がいる。
「防犯ミラー」はコンビニ、スーパー、書店等でお目にかかる万引き防止用のミラーである。このミラーは普通のミラーと違って凸レンズが使われている関係で広い範囲が見える。万引きしようと思ってもそのミラーに自分が写っていると躊躇するという効用と共に、離れたところにあるレジからでもそのミラーを見ていると不審者が発見できるという大変便利なミラーである。
そもそもこのミラーは防犯用に開発したものではなかった。小宮山さんは、ある時、友人が持ってきた凸面ミラーを2枚合わせて回転させたら面白いだろうということで電池式モーターと組み合わせたら見事に回転するミラーが出来上がった。小宮山さんは当時看板業をしており、この回転ミラーもお客様を引きつける看板の一つと考えていた。                        
たまたま、晴海で開催された「JAPAN SHOP」にこの回転ミラーを出展したら来場者は周りの風景を映しながら風もないのに回転し続ける天井に吊されたミラーを不思議そうに見て、小宮山さんにその原理を聞いて来たという。そのうちに「これ、売ってくれないか?」というお客様が現れた。そのうちの一人が田端銀座商店街にある総合スーパー『白菊』の社長であった。なんとこの社長は「30個まとめて欲しい」と言う。    
小宮山さんは大喜びして、同僚の小山氏と一緒になって頑張って作って無事納品した。納品してから半年ぐらい経ったところで、「30個も買ってくれたが、『白菊』さんはいったい何に使っているのだろう?」と疑問に思った。そこで白菊さんを訪ねて聞くと、「あのミラーは万引き防止に使っている。おかげで万引きがなくなった」と言われてびっくりした。
お客様から用途を教えてもらったわけである。確かに凸面ミラーなので広角度に見えて、普通のミラーでは見えなかったところも見える。「見えないところが見えたらいい」というニーズはまだ沢山あるのではないかということで、鼻を利かして考えていくと結構、用途が考えられるのである。
車を出す時に左右を見るがそこにミラーがあったら車を安心して出すことができる。デパートなどのエレベータの扉の近くにミラーがついていたら急いで乗ろうとしている人に気付いて閉まるのを抑えることができる。工場や倉庫でも曲がり角にミラーが付いていたら衝突防止になる。飛行機の荷物室の中にミラーが付いていたら忘れ物がないかの確認が容易にできる、ATMにミラーが付いていたら後ろからのぞき込むような失礼な人は少なくなるといったように用途はどんどん広がった。
 
ある時、私はANAという航空会社で、CA(キャビンアテンダント)の皆さんを対象に問題解決法の研修を行ったことがある。たまたま休憩時間にコーヒーを飲みながら、CAの皆さんに「荷物室についているミラーは私の友人が開発した」という話をしたら、彼女たちから「あのミラーのおかげで、私たちの仕事はすごく楽になりました。今までは背伸びをしたり、脚立を持ってきて、のぞき込まなければならなかったが、ミラーのおかげで、そういうことはしなくてすむようになりました。あのミラーには大変感謝しています。あのミラーを作った人とお友達なんて、今井さんは凄い人なんですね」と言われて、私の株は格段に上がった。
それはともかく、航空機の中に使われているミラーは国内だけでなく、ほぼ全世界の航空機会社に採用されて、現在ではコミーのドル箱商品になっている。
「コミー」は順調に業績を伸ばしているが、「コミー」の成功は30個のミラーが売れたところで満足することなく、「なぜこんなに売れたのか」「どんなお役立ちしているのか」さらに「他の用途にも使えるのではないか」と鼻を利かせた小宮山さんの貪欲な探求心にあったということである。
posted by 今井繁之 at 10:50| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

人生いたるところ青山あり


私は自分の勝手な思いを綴ったエッセイ集をこれまで数回、作成して、知人・友人に配布している。迷惑に思っている人もいるかもしれないが、「感銘を受けた」とか、「大変勉強になりました」等と嬉しいことを言っていただいている。
そのエッセイ集にタイトルを付けているが、第1回の時はタイトルは深く考えず、単に自伝的エッセイ(1)としていたが、第2回以降はタイトルを付けることにしており、第2回の時は「人生いたるところ青山あり」とした。 
当初は「いい加減な人生」にしようかと考えた。この「いい加減」は悪い意味でなく、何とかいけるだろうと前途を大雑把にとらえて生きてきたという意味に解釈してもらおうと思ったが、「いい加減」をそのように解釈する人は少ないだろうし、誤解を招く恐れもあるのでそれは止めた。                   
次に考えたタイトルは「(厳密な)計算をしなかった人生」であった。私はこれまで真面目に頑張ればなんとかなるだろうということで世の中を渡ってきており、先行きについて厳密な計算をしたことはなかった。ではまったく計算しなかったと言われるとそうでもない時もたまにはあったし、「計算しなかった人生」というタイトルにすると大変脳天気に生きてきたと思われるので、このタイトルも止めようということで、最終的には「人生いたるところ青山あり」にした。
なぜそのようなタイトルにしたかというと、私は物事をあまり深刻に考える方ではなく、何かまずいことがあっても、まあ起きたことは仕方がない。ここではうまくいかなかったが、またそのうちにどこかで何かいいことがあるだろうと考えて生きてきた。そのように考えて生きてきた結果、天職ともいうべき研修講師の仕事に就くことができた。
中学生の頃、「人生いたるところ青山あり」という言葉を教わったような気がするが、私はこの言葉を「人にはどこかに自分を暖かく迎えてくれるところがある。職業人生において自分の能力をフルに発揮できる場所が必ずどこかにある。たとえ一か所でダメであってもくよくよすることなく別のところを探せば自分を幸せにしてくれるところがどこかにあるものだ」と解釈して、この「人生いたるところ青山あり」という言葉をことあるごとに自分に言い聞かせてきた。         
私のこの言葉に対する解釈は間違っていないと思っていたが、念のため国語辞書(広辞林)を引いてみると、そこには「人生いたるところ青山あり」という言葉はなく、その代わりに「人間いたるところ青山あり」とあり、「青山(せいざん)」は「死んで骨を埋める土地。墳墓の地」と出ている。どこにでもお墓はあるという意味だとすれば私の解釈は間違っているということになる。                        
広辞林には「青山」はお墓の他に「樹々の青々と茂った山」という記述もあった。 そこで別の辞書(広辞苑)で「人間」を引いてみた。そこにも「人間いたるところ青山あり」があり、意味は「故郷ばかりが墳墓の地ではない、人間の活動できる所はどこにでもあるの意。大望を達するために故郷を出て大いに活動すべきことをいう」と出ていた。これなら私の解釈と一致する部分があるので、この「人間いたるところ青山あり」という言葉を使用しても間違っていると言われないだろうと思った。ただ、人間(じんかん)より、人生(じんせい)の方がびったり来るので、自伝的エッセイ(2)のタイトルは「人生いたるところ青山あり」とした。
厳密に言えば違うかもしれないが私の友人・知人であれば寛恕していただけるだろうと考えた。
後日、この言葉を新聞誌上でお目にかかったことがあり、私と同じ解釈をしている方がいる方がおられることを知って、意を強くした。
新聞にその言葉を書いていたのはJR九州の社長・会長を務め、その後,NHKの経営委員会の委員長を務めた石原 進さんという方である。
石原さんは、JR九州の社長を命じられて、引き受けた時に、この「人生いたるところ青山あり」を自分に言い聞かせて勇躍赴任したということである。
図々しい私は一面識もない石原さんに「人生いたるところ青山あり」というタイトルの付いたエッセイ集を送った。
この石原さんは度量の大きい人で丁重なお礼状が来て恐縮した。

それはともかく、私はこれまでの人生、自分に「人生いたるところ青山あり」を言い聞かせて生きて来た。
研修講師の仕事を生業にするようになって30年数年が過ぎた。若い頃から研修講師の道を歩もうと考えていたわけではないが、もう別の道を歩むことはないだろう。
これ以外の道があったかもしれない。では、どんな道があったかと問われると返事に窮する。まぁ、この道で良かったのではないかと思っている。

ここ数年、私は人と生まれたからには、少しは世の中のために役に立つ人間でありたいと願って、自分のできる範囲内で頑張ってきた。
以前、SBIホールディングスの社長である北尾吉孝さんが日経の交遊抄の欄で岡山にある「林原」の社長である林原 健さんがダライラマ14世の「自分のしたいことが、自分の知らぬうちに、人の役に立っている形になるまで」をモットーにして生きているということを紹介していたが、私も研修講師としてそのようになりたいと思っており、求められる限り、この仕事を続けるべきであると考えている。
まだまだ、やり残したことが沢山あり、「リタイアするなんてとんでもない、もうしばらく頑張れ」という激励の声もあるので、心を新たにして頑張ろうと思っている。

私の好きな作家の一人である飯島和一さんの近作『出星前夜』の中で主人公である村の庄屋が語る次のような文章がある。
「思い通りにならないことは世の常であり、最善を尽くしても惨澹たる結果を招くこともある。最善を尽くすことと、その結果とはまた別の次元のことである。しかし、最善を尽くさなくては、素晴らしい一日をもたらすことはない。たとえ収穫が通年の半分に満たなくとも、刈り上げた日の喜びと充足は訪れる。それは結果として得られる収穫の量とは別の次元のことであり、何より最善を尽くしたという充実感こそが、不安を埋める唯一のものである」                 
これまでの人生において自分は最善を尽くしたかと自問自答すると決してそんなことはない。もう手遅れかもしれないが、それでも、この後の人生がどのように展開するかは神ならぬ身、分からないので、飯島さんの文章のように最善を尽くしたという充実感が得られるような人生を生きたいと思っている。

 追記
第3回のタイトルは「誰かに借りをしたら誰かに返そう」、第4回は「まっとうに生きる」、第5回は「禍福はあざなえる縄の如し」とした。
posted by 今井繁之 at 10:41| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする