2016年07月02日

上五島の研修で『美意延年』を実感


 私が楽しい小学生時代を過ごした長崎県五島列島にある上五島の町が近い将来、無人島になってしまうのではないかと危惧して、一面識もない新上五島町の江上町長に手紙を書いて、「町の職員に研修をやらせて欲しい」と申し出たという話を数か月前のブログに載せた。江上町長は私の勝手な申し出に快く呼応してくれて、町役場の幹部職員を集めて研修会を開催してくれた。
 研修を終えて帰って来たところで、そのことを私の知人に話したら、その方が「今井さんは幸せですね。楽しかったでしょう」と言われる。私は正直に、「はい、その通りです」と答えた。そして、しばらく忘れていた「美意延年」という言葉を思い出した。
 「美意延年」という言葉は中国、戦国時代の思想家である旬子という方の説かれた教えで、“自分の心を常におだやかに保ち、何の屈託もなく、仕事を楽しんでやっていれば、自然、長生きできる”という意味だという。
 私がこの「美意延年」という言葉に初めてお目にかかったのは、ソニーで社内講師をしていた時である。相当以前の話であるが、当時、私は論理的思考法であるKT法の社内講師をしていたが、たまたま『AIA』という研修プログラムの講師を命じられたことがある。KT法の講師は慣れているが『AIA』の講師をするのは初めてであり、少し緊張した。しかし、受講者はリチウムイオンの開発者として著名な西 美緒さんを始め、皆さんいい人ばかりで楽しみながら講師役を務めさせてもらった。5日間の研修が無事終了して、受講者の皆さんから寄せ書きをいただき、そこに私をねぎらう言葉があったが、寄せ書きの真ん中に上司のTさんが、この「美意延年」という言葉を書いてくれて、その言葉の横に「ここに書かれた美しい心を意識させてくれた今井さん ありがとう」とあった。
 その時は「美意延年」そのものの正確な意味は分からなくて、私は“欲得無しに人のお役に立ちたいと思って行動すれば、その思いは多くの人の心に届く”と解釈してしまった。
 後年、正しくは前述の「長生きできる」という意味であることを知ったが、旬子様の了解を取ったわけではないが、私の「多くの人の心に届く」という解釈もまったく間違っていないのではないかと不遜にも思っている。
 今回、勝手に名乗りを上げた上五島の研修会では、私が少年生時代、耳にした懐かしい五島の言葉を聞きながら楽しんでやらせてもらい、受講者の多くの方から感謝の言葉をいただいたので、「美意延年」そのものであり、実施してよかったと心から思っている。

 私は上五島で研修を行う前に、五島そのものの存在を知らない人も多いだろうから、五島の紹介も兼ねて、私の友人・知人に手紙やメールで「新上五島町の町長に無償でいいから研修をやらせて欲しいという申し出をした」ということを知らせた。
 この私の思いを伝えた手紙やメールに思いがけない反応、それも好意的な反応があった。
 私の勝手な思いを綴ったものであり、無視されてもおかしくないが、多くの方からお電話、お手紙、あるいはメールによる返信があった。

 それらをいくつか紹介すると、一番早い反応は自民党の国会議員をしている高橋さんからであった。高橋さんと知己になったのは、高橋さんが国会議員になる前にT県のT町の町長をされており、その町長の時に、私が主催した問題解決・意思決定力強化の公開講座に自ら参加されたのがきっかけである。
研修内容を自らの目で確認した上で、T町の職員研修を4,5回、実施していただいた。 今は国会議員になった高橋さんは電話の際は、いつも、「自分はT(県)の高橋です」と名乗るが、今回もそうであり、次のような会話を交わした。
 「Tの高橋です。お手紙読みました。素晴らしいことです。私にできることがありましたら何でもお手伝いします。何なりと言ってください。ただ、私は長崎は詳しくないので、私の同僚に長崎県選出のKという議員がいます。彼とは親しくしており、彼に話しておきますので、何なりと申し出てください」
 「それはどうもありがとうございます。今のところ、具体的にお願いするようなことは発生していないので、もし、お願いするような案件が発生したら、その時はよろしくお願いします」
 「分かりました。遠慮なくどうぞ何なりとご相談ください」
 国会議員の先生にお願いするようなことは特に考えていなかったので、このようなやりとりとなったが、このような励ましの電話をいただけたことは嬉しかった。
 電話を終えた後で、確か「地方創生交付金制度」というのがあるから、その制度を使って研修を行うと町の負担は少なくなるかもしれないが、その申請をするのは私の仕事ではないので、新上五島の町長にお会いした時の話にしようと思った。

 旅行会社のT社の社長をしているSさんからはメールが入った。Sさんとは20年近く前、SさんがT鉄道の人事・教育関係の課長をしていた時に、前述の高橋さんと同様、公開講座に参加していただいて面識を得た人である。T鉄道では研修を行うことはなく、縁が切れていたが、数年前、新聞を読んでいたら、T鉄道の出資している旅行会社T社と同業の鉄道会社であるT急行のグループ会社のT観光とが合併し、その合併会社のトップにこのSさんが就任したという記事を読んでびっくりした。びっくりした後で、あの人ならこのぐらいえらくなってもおかしくないと思い、お祝いのお手紙を差し上げた。するとしばらくしたら電話があり、積もる話をあれこれさせていただいた。その時「そのうちに会いましょう」ということになったが、なかなかそのチャンスがなく、会わずじまいになっていた。
 T社は旅行会社であり、Sさんにお願いしたら上五島の観光事業の発展に協力していただけるかもしれないと厚かましい期待を持った。
 Sさんからのメールには「熱い思いを綴られた手紙を拝見しました。何かお役に立てないかと思っています。ぜひ一度お会いしてお話をさせていただきたい」とあった。
 そこにはSさんの都合のよい日時も記されており、私も都合がいいので早速お会いすることになった。
 すっかり貫禄がついたSさんにお会いして、お話を聞かせてもらうと、T社は従業員だけでも2300名、全国展開しており、長崎にも支店があると言う。
 私自身は上五島の観光事業について何の知識もないが、次の機会には上五島の観光担当者を紹介して具体的な話をしていただこうと思った。
 20年近く、まったくお会いしていなかったのに、このような力強い申し出でをいただいて、本当に有り難いと思った。

 航空会社の役員をされているMさんからもメールが入った。
 Mさんの勤務するA社は日本を代表する航空会社で、今から数年前、問題解決・意思決定力強化の研修を複数回実施させてもらったことがある。
 MさんがA社の客室本部の研修部長をされていた時に、私の書いた「思考力を鍛える」(あさ出版)という本を読まれたということで、「当社の客室乗務員(キャビンアテンダント)のリーダークラスに研修を行って欲しい」と依頼された。
 引き受ける前にお伺いして事情を聞くと、「客室乗務員は飛行中に何か好ましくないことが発生したら地上と交信して指示を仰ぐ余裕はなく、なぜそのようなことが発生したのか、どうしたらよいかを自分達で考えて結論を出さなければいけません。そのためには客室乗務員には問題解決能力が必要なのです。」と言われる。
 そういうことであればお役に立てるかもしれないということで引き受けさせていただき、客室乗務員のリーダーの皆さんを始め空港のシステム担当の人達も含めての研修を数年に渡り行わせていただいた。すべてMさんが私の本を読んでくれたお陰である。
 そのお世話になったMさんからのメールには「私も上五島を旅したことがあり、青い海と歴史の織りなす風土に魅せられたことを思い出しました。子供の頃、過ごされた土地で、また新たな出会いを育まれますことを応援しております」とあった。
 上五島は数年前までは10人乗りぐらいの小型飛行機が飛んでいたが、利用者が少なくなった関係かと思うが、今はなくなってしまった。
 でも、上五島には空港そのものは残っており、観光客が増えて、採算ベースに乗れば再開してくれるかもしれない、その時はMさんにお願いしようと思った。

 思いがけない人からもお手紙をいただいた。実名を挙げて恐縮だが、その人は通販の「ジャパネットたかた」の前社長の高田 明さんである。なぜお手紙が来たかというと、高田さんが2月14日の朝日新聞の朝刊に「思い出す本 忘れない本」として『世阿弥の世界』を挙げて、世阿弥の「我見・離見・離見の見」の重要性に触れているのを読み、たまたま私が拙著の『問題解決思考』に同様なことを書いていたことを思い出して、拙著が何かのお役に立つのではないかと考えて、高田さん宛てに送付したからである。
 高田さんが長崎県佐世保出身ということは以前から承知しており、同じ長崎県人であるので、新上五島町の職員研修で島の振興のお手伝いをしようとしていることを書いても許してもらえるだろうと考えて、拙著送付の手紙に友人・知人達に送付したものと同じ内容の事柄を書き添えた。
 一面識もない私からの手紙であり、反応がなくても当然と思っていたら、何と高田さんからお礼のお手紙が来た。
 そこに「大変参考になる本を贈っていただきありがとうございました。自分は『おさんぽジャパネット』というテレビ番組で本年1月に新上五島町に行き、江上町長にもお会いしました。そこでご馳走になった上五島の名物である『五島手延べうどん』をその番組の中で紹介させていただきました。今井さんも五島のためにぜひ尽力してください」といった激励の言葉があった。
 後で新上五島町の職員に確認したら、高田さんのお陰で7000セットの五島手延べうどんが売れて在庫がなくなってしまったという。
                             
 「ジャパネットたかた」の高田さんは別格だが、私は研修講師の仕事を通じて普段親しくさせていただいている民間会社や地方自治体の人事・教育担当の方、研修講師仲間、明治大学、出版社、NHKの関係者、仕事以外の個人的関係の友人達に手紙とメールを合わせて100通ぐらい送付した。
 70名ぐらいの人から返事があり、いずれも「頑張ってください」という励ましのもので、さらに「自分に協力できることがあったら何なりと言ってください」というものもあった。
 一番多かった反応は「機会があれば上五島の碧い海と由緒ある教会を見学に訪れたい」というものであった。
 「終(つい)のすみかにしてください」とまでは欲張らないが、観光客として上五島を訪れていただけたら有難い。

 今回、このように多くの人が友情を示してくださり、冒頭で紹介した「美意延年」という言葉のように、欲得なくお役に立ちたいという思いを持って仕事を楽しくやれば多くの人にその心は届くということを実感させられた。
 私に励ましの電話・手紙・メールをくださった善意あふれる皆さんの期待に応えるためにも、町長を始め町の職員に働きかけて、私のできる範囲内で町の振興のお役に立ちたいと思っている昨今である。
                            

posted by 今井繁之 at 16:02| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

基準を明示しないのは良くない


 2016年6月18日の朝日新聞の夕刊の『ネットで話題』の欄に「不採用でも通知して」という記事が出ていた。そこに大企業の3割は、新卒の学生の選考で不採用の通知を出していないとあった。
 不採用の通知を出さない企業は、平均では22.4%だったが、規模が大きくなるほどその割合は高くなり、3千人以上の大企業では31.8%にのぼるということである
 私はこの記事に意外な感じがした。というのは採用する人には当然のように通知するが不採用の人には「通知が行かなければ不採用という結果になったとみなしてください」という「無言の連絡」が圧倒的に多いと思っていたからである。
 7割近くの大企業が不採用者に通知を出しているという企業の姿勢に感心した。
 ただ、昔のように封書で不採用通知を出すことはなく、今はパソコンやスマートフォン等のIT機器の普及で、応募した学生にはその都度連絡がとれるようになっており、最終の結果も、機器の画面を見れば分かるようになっているという話である。
 不採用となった場合、どのような文章の画面になるか分からないが、かつては不採用のお知らせの文言として、「残念ながら当社の採用基準には達しませんでしたので不採用という結果となりました。悪しからずご了承下さい」というものが圧倒的に多かった。
 そこまで丁重な文言ではないかもしれないが、今でも似たようなものではないかと思う。
 10年ぐらい前の話であるが、W大学に行っていた私の長男にそのような不採用通知の文書が来たので見せてもらったことがある。そこには前述のように、採用基準に達しなかったので不採用という結果になりましたという文言があった。
 私は息子に「『当社の採用基準に達しなかったというが、私のどの部分が御社の基準に達しなかったのですか? そもそも御社の採用基準はどのようなものかを具体的に教えて下さい』と人事部に問い合わせの電話をしてみなさい」と勧めた。
 息子は「そんなことをしたら大変なことになるのではないか」と言うから、私は「そんなことはない。罪になるようなことは決してない。どうせ落とされたのだから、失うものは何もない。いいからやってみなさい」と言ったが、遠慮深い我が息子は「別のところを探すからいいよ」と言う。
 しかし、よく考えてみれば、「当社の採用基準に達しない」という言い方はある意味では傲慢であり、真剣に就職先を求めている人に対して失礼ではないかと思う。
 このような文言を何の疑問も持たず、今でも平気で使われているとは思うが、そろそろ考え直してもいいのではないか。
 これこれの理由であなたはダメでしたとか、当社の採用基準はこのようなものであり、あなたはこの項目でNGでしたと親切に伝えるべきではないかと思う。
 もっともそんなことを実施していたら相当な手間がかかり、何千、何万人という多数の応募者があるところはパニック状態になってしまうかもしれないが、それでも、「採用基準」を明示しても罰は当たらないと思う。
 どのような項目で評価されたかが分かれば、自分がなぜ不合格になったかが少しは理解できるので、納得もしてもらえるのではないかと思う。
 欧米流のストレートな言い方では相手を傷つけるから、分かったようで分からないオブラートに包んだような言い方の方が好ましいという人もいるかもしれないが、なぜそのような結果になったのかが分からないと釈然としない、あるいは納得できないと不満を持つ人は多いと思う。
 
 人の採用の場合だけでなく、NGという判断がされた場合、なぜそのような結果になったのか、その判断の根拠が本人に明確に伝わっていれば、結果そのものに対する不満はあってもあきらめは早くつく。ところが、その判断の根拠が分からないとくすぶるものが残り、不愉快さが増すものである。
 私に次のような経験がある。相当以前の話であるが、妻と一緒に池袋にあるSデパートに行った時、そこのデパートが発行しているSカードへの入会を勧誘された。
 妻はこのデパートではよく買い物するので「ぜひ入りたい」というので、私の名義で申し込みをすることにした。
 「カードは後日、ご自宅に送付いたします」と言われたので、妻はそれを楽しみにしていた。ところがいくら経っても送付されて来ない。
 妻からの督促を受けて、私はSデパートに確認の電話を入れた。電話口に出た人は「調べてみますので少々お待ち下さい」と言う。
 少々待っていると「大変申し訳ありませんが今井様にはカードの発行はできません。せっかくお申し込みいただきながら大変申し訳ございません」と言う。びっくりした私は 「どうして私には発行していただけないのですか」と問うと「それはお教えできません」と言う。その答えに納得できない私は「なぜ教えられないのか、その理由を説明していただきたい」と重ねてお願いすると、先方は小さな声で「大変申し訳ございませんが、今井様はカードの入会基準をクリアしていないのでNGとなりました」と言う。
 私はこのSカードの入会基準が相当高いのかもしれない、それなら仕方がないと一瞬思ったものの、そんなこともないのではないかと思い直して、「ところで入会基準というのはどのような基準なのですか? その基準のどれに私は引っ掛かったのですか?」と問うたところ、「それはお教えできません」という返事が返ってきた。納得できない私は「なぜ教えていただけないのですか?」と聞くと「それは教えないことになっているからです」と言う。「それはないでしょう。おたくのカードにどうしても入りたい訳ではないが、なぜ入会できないのかその理由を私は知りたい。ひょっとしたら何かの間違いで私はカード業界のブラックリストに入っているかもしれないので教えて欲しい」とお願いした。しかし、「それはお教えできません」の一点張りである。この時、私は本当に自分が知らないうちに、そのようなリストに登録されているのではないかと深刻に考えた。
 入会基準はどうしても教える訳にはいかないと言うので、「分かりました。当事者の一方は分かっていて、片方にはその基準が分からないというのは大変不愉快なことです。
 実は、来週、おたくの会社の管理職の研修があり、そこで「評価基準」について話すので、評価基準が不明確であると大変不愉快な思いをするという実例としてこのことを参加者の皆さんに話しましょう。私は研修講師の仕事をしているので格好な教材になりました。ありがとうございました」と話した。
 そうしたら「それは本当ですか?」と慌てた口調で問い掛けてくる。
 嘘みたいな話であるがそれは本当の話である。またもや「少々お待ち下さい」といって待たされる。そしてしばらくすると「大変失礼致しました。今井様、お申し込みいただいて結構です。カードは大至急送付させていただきます」と言う。
 「いや、私はもうおたくのSカードはどうでもいいのです。なぜ私がNGになったのか、その理由を明らかにしてほしいのです。それが分からないと正直言って非常に不安なのです」と話した。
 「分かりました。これは本当は外部の方にはお教えしないことになっていますが、今井様には特別お教えいたします」と言って、具体的に基準の中身を教えてくれた。基準は複数あったが、その基準の中で私が引っ掛かったのは勤務先とその勤務年数である。
 たまたま、私は長年勤めていた勤務先を辞めて、新たに研修専門の会社に入社したばかりであった。申し込みの時に私はそれを正直に記入した。その研修専門の会社の資本金は1千万円、私はそこの会社に勤務して6ヶ月目であった。零細企業? 勤務して間もないということでNGとなったわけだが、それだったら最初の申し込みの段階でそれらを絶対条件(MUST)として明らかにしてくれれば、このような不愉快な思いをしなくてすんだ。

 結果が自分の期待しているようになれば問題にならないことが、不採用とか、入会不可といったような期待外れの結果になった場合は、なぜそうなったのかがよく分からないとわだかまりが残るものである。
 最初に基準を明らかにすると、門戸を閉ざしているのはけしからんとか、差別をしているとか色々意見を言う人がいるかもしれないが、どのような理由でNGになったか分からないよりもましである。
 どのような基準を設定するかは法律あるいは公序良俗に著しく反しない限りそれぞれの企業の自由であるはずである。基準を設定する側にとって歓迎しないものであれば、最初からそれを絶対条件(MUST)にして、それを満たさないものはNGにしますということを明示すればお互いにすっきりする。
 米国ほどではないが、日本も早晩、訴訟が盛んになるであろうから、基準が示されないのは不当であるとか、示されなかったために不利益を被ったということで、裁判沙汰に発展するかもしれない。そのようなことになるのを防ぐためにも、今後は明らかにしてもさしつかえない基準は堂々と事前に明らかにするべきではないかと思う。
             
 追記                                      
 Sデパートの研修の際には、正直に話してくれた人に迷惑をかけてはいけないのでこのことは話さなかった。
posted by 今井繁之 at 15:45| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする