2017年02月28日

元気な人生を歩むのに必要なもの

                 
 ラクビーやサッカーの試合に前半と後半があるが、人生にも前半と後半がある。
 何歳を起点に後半というか、人によって異なると思うが、古希の年齢を超えた私は今、人生の後半にあることは確かであるが、その後半の人生をお陰様で元気に歩んでいる。
 古稀という年齢を越えても生き生きとしておれるのは、研修講師という仕事を現役で務めていることが一つの要因かと思う。
 以前、友人から「このたび長年勤めていた会社を定年退職したが、自分には『きょうよう』と『きょういく』があるから大丈夫です」というメールが来たことがある。
 友人の「きょうよう」は「教養」ではなく、「今日用事がある」ということで、「きょういく」は「教育」ではなく、「今日行くところがある」ということだという説明が付いていた。確かに、人は、毎日、用事があり、また行くところがあれば、退屈することはなく、生き生きとした日々を過ごせる。
 元気で生き生きと生きていくには、「きょうよう」と「きょういく」が必須だが、それを補完するものも必要かと思う。
 年齢的に人生の後半に達しても、毎日、元気で生き生きと生きていくには、当たり前のことだが「体力」が必要だと思う。体力だけでなく、まだまだ頑張ろうという「気力」も必要であると思う。それと、何か成し遂げたいもの、換言すれば「希望」があると、より生き生きと生きていけるのではないかと思う。
 それ以外にも必要なものは色々あると思うが、きりがないのでこの3つに限定して、以下に私の勝手な思いを述べさせていただく。

 必要なものの筆頭は「体力」である。活動的に生きたいという気持ちはあっても、体が元気に動かないとそれは難しい。
 私の敬愛する映画俳優 高倉 健さんが高齢になっても若い時同様、撮影時間中、用意された椅子に座ることはまったくなかったというエピソードがあるが、それはスタッフが立って仕事をしているのに自分だけが座っているわけにはいかないという高倉さん一流の考えがあったとは思うものの、そうはいっても、高倉さんには「体力」があったからだと思う。
 高倉健さんと比するのは恐れ多いことだが、私も研修講師を務めている間、8時間ぐらい立っている。そのぐらい立ち放しでも平気な体力がある。体力があるというのはイコール足腰が強いということである。
 高倉健さんはどうであったかは分からないが、私が今も元気で現役の講師として務まっているのは少年時代に来る日も来る日も海で泳いだ体験のお陰ではないかと思っている。
 私は小学3年生から4年間、長崎県五島列島の奈良尾岩瀬浦で生活していた。
 夏場の7月~8月の間、目の前に広がる海でひたすら泳いでいた。朝早く、夕方まで海に出て、泳いだり、貝をとったり、魚をとったり、疲れたら海面に顔だけ出して大の字になって寝ているという肉体を動かすという生活をしていた。
 夏は泳ぎが主であったが、それ以外の季節は網干場で隠れんぼしたり、山でチャンバラをしたりしていて、嵐の日でない限り、家の中でぐうたらしているということはなかった。
 勉強らしい勉強をした記憶はない。遊んでいても誰からも叱られることはないという実に健康的な生活をしていた。
 海で泳いだだけでなく、後述する中学1年から3年までの3年間の新聞配達も、私の足腰を丈夫なものにしてくれたと思う。
                       
 元気に生き生きと生きていく上で欠かせないものは「体力」に次いで「気力」である。
 『広辞苑』で「気力」を引くと、「活動に堪え得る精神力」と出ている。
 分かりやすくいえば、辛いこと、悲しいこと、困難なことがあってもそれに負けないで乗り切ろうとする、頑張り精神のことと言える。
 どうしたらそんな頑張り精神が身に付くかといえば、一つとして、少年時代に辛いこと、難しいことに遭遇し、それを乗り切ったという実際の成功体験があると、そういった精神が身に付くのではないかと思う。少年時代に限らず青年時代でも構わないが、とにかく若い時に逆境ともいうべき向かい風に当たり、それを乗り切ったということがあると人生の後半になっても元気に生きる素になるのではないかと思う。
 自分で言うのもおかしいが、私は頑張り精神「気力」は他の人に負けないと自負している。
 そのような頑張り精神がどのようにして培われたかというと、これは少年時代の新聞配達のアルバイトのお陰であると思う。
 私は中学1年から3年までの3年間、朝の4時に起きて、新聞販売店に行き、4時半頃、新聞を200部ぐらい抱えて販売店を出て7時半頃までの3時間、新聞を配るという生活をしていた。
 新聞配達員は大雨が降ろうが、台風が来ようが、天候には関係無しに配達に出なければいけない。配達員に余裕がないから、体調が悪かろうと休むことは許されなかった。
 3年間、新聞休刊日の1月2日を除いて、一日も休まず新聞配達したという体験は社会人になってからの人生で活きた。中学を卒業して入社した会社、大学を卒業してから勤めたいくつかの会社でも、仕事を休んでご迷惑をかけることはほとんどなかった。
 研修講師の仕事をするようになり、引き受けた研修講師の仕事はどんなことがあっても、こなさなければならないが、今まで一度も穴をあけたことはない。
 人間なので風邪を引いたりして、体調を崩しかけたことはあるものの、迷惑はかけられないということで意地を張って今日まで無事故・無欠勤で来た。
 研修講師を長年続ける上で顧客を獲得しなければならないが、これまでも相当な回数の公開講座を企画したが、参加者が集まらなかったために開催を断念するということは一度もなかった。もちろん友人・知人に助けてもらうことは何度もあったが、私の心の中にはいつも「無依是真人」という言葉があり、キブ・アップしてなるものかという気概がいつもあり、これは少年時代に培われた頑張り精神のお陰であると思っている。
 研修講師の仕事を丸30年続けることができ、この後ももう少し頑張ろうという気持ちがあるのは、やはり頑張り精神「気力」がなくなっていないからである。

 元気に生き生きと生きていく上で、三番目に必要なものは「希望」である。
 「希望」は何かというと、広辞苑には「あることを成就させようと願い望むこと。また、その事柄。ねがい。のぞみ」と出ている。
 人は誰もが何らかの願い、望むことがあり、それを実現しようと努力している。
 人生の後半になっても生き生きとしている人は、そのような願い、望むことがあるから元気にしているのであって、願い、望むことがなくなって来ると元気を失って来ると思う。
 サムエル・ウルマンの「青春」という詩の中に次のような文章がある。
 青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。(中略)
 年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときにはじめて老いがくる。(中略)
 頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり、80歳であろうと人は青春の中にいる。

 私も「希望」は人の精神を老いさせないと思っている。
 願い、望みがあると明日というか、未来を見据えての活動ができるが、それがないと人は過去の思い出の中にのみ入ってしまうかと思う。
 「希望=願い、望み」には色々あると思うが、自分が生きている間に何らかの形で地域社会、あるいは周りの人達のお役に立ちたいという願望が必要だと思う。
 幸い、私は問題解決・意思決定力の強化の研修、ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)の研修を通じて、多くの人にお会いしてお話をする機会があり、何らかの形でお役に立っているという実感がある。それが生きがいとなっている。
 この研修講師の仕事をいつまで続けるべきかで迷った時期があったが、命ある限りというのは少しオーバーだが、それでも「生涯現役」の気持ちで講師としての体力・気力がある間は続けたいと思っている。
   
 幸い、私には少年時代培った「体力」と「気力」があり、この世に生を受けた以上、少しでもよい社会にするのにお役に立ちたい、自分が生きたことで、たとえわずかでもいいから、私を信頼してくれている人達の人生を生きやすいものにしたいという「希望」があるので、残された人生の日々を元気に過ごせるのではないと思っている。
 私に限らず、他の人も「体力」「気力」「希望」を持っていれば、古希の年齢を超えた後半の人生でも、生き生きとして毎日を送れるはずだから、「お互いに頑張ろうよ」とエールを送りたい。


posted by 今井繁之 at 15:18| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする