2017年12月01日

 新年号は何という名称になるのか?

 
 何かを選択決定した際に、選択決定に当たっての選定基準が明らかにされると納得していただける度合いは高い。
 しかし、選定基準が明らかにされず、さらに、どのようにして、その結論になったのかの説明がなく、「総合的に検討した結果、この案がベストと判断しました」と言われても、どのように総合したのかが分からず、今一つ納得がいかないものである。
 2020年のオリンピック・パラリンピックのエンブレムの選定なんてその際たるものである。

 選定基準が明らかにされると納得していただける度合いが高くなるだろうと思われることを大変恐れ多い話で恐縮だが、来年中には決まると思われる新年号で説明したい。
 国民的関心事と言ってもよいかと思うが、天皇陛下の退位が確定し、新天皇の即位にともなう新年号の選定作業が進められているという話であるが、次は何という年号になるのか、どのようにして新年号が決まるか、興味を持たれている人が多いかと思う。
 新年号については内閣総理大臣が東洋史、中国古典などを専門とする学者に依頼して、何通りかの候補案を考えていただき、それらの中から有識者や衆・参両院の議長の意見を聞くなどして、一つに絞り込むということである。
 先日、某週刊誌にすでに新元号として「喜永」、「恵永」、「感永」、「化永」の4案が選出されていると出ていた。なぜ永のつくものばかりなのか今一つ分からないが、ただ候補案が事前に漏れたら、候補から外れるという話もあるので、この4つの中から選ばれる確率は少ないのではないかと思う。
 ただ、どのように絞り込むかは明らかにされていないが、現在の年号の『平成』に決まった時の経緯が今回も踏襲されるものと思われる。

 昭和天皇の崩御により、年号の改正が行われたが、年号制定に当たって、関係者の間には、それなりの選定基準があったようである。それらを整理してみると次のようになる。
 (私の推測も一部入っているがご寛恕いただきたい)
 ①文字数が「漢字2文字」以内
 ②これまで日本で元号またはおくり名として用いられていない
 ③漢字が書きやすく、読みやすい
 ④出典が明確である
 ⑤国民の理想としてふさわしい意味を持つ
 ⑥意味がわかりやすい
 ⑦これからの時代(21世紀)にふさわしい
 ⑧頭文字がM(明治)T(大正)S(昭和)と異なる(M.T.S以外)
 ⑨あまり一般的でない(企業名、店舗名、商品名に使用されていない)

私は①②は絶対条件で、③以降は希望・十分条件と解釈していた。 
 仄聞するところによれば、この時は『平成』の他に、『修文』、『成化』という候補があり、『修文』『成化』は頭文字が「S」で『昭和』とかぶるので、『平成』が選ばれたということである。そうなると、⑧も絶対条件かというと、それを絶対条件にしてしまうと候補案が非常に限られてしまうので、⑧は「できればM・T・Sと重ならない方がよい」ということで希望・十分条件になったのではないかと勝手に思っている。
 選定基準の①②を満たさないものは落として、最終的には3案に絞られて、改めてその3案を③④⑤⑥⑦⑧⑨でどれがより優れているかという評価をしたかと思う。③④⑥⑧⑨は評価がしやすかったと思うが、⑤と⑦のように今一つ、意味が曖昧で解釈が分かれるものは、評価が難しかったかと思う。
 もし、⑤の「国民の理想としてふさわしい意味を持つ」を、例えば「戦争のない平和な世界であってほしい」とか、⑦の「これからの時代にふさわしい」を「自然と共存して安全・安心な世界でありたい」という具合に、少しは具体的なものにすると、どの案がより適っているかの評価はしやすかったのではないかと思う。
 ⑤と⑦はどのように解釈されたか分からないが、上記のような選定基準で話し合いがされた結果として『平成』になったのではないかと思う。

 現行の『平成』の選考過程はつまびらかにされず、故小渕官房長官が記者会見で「新年号は『平成』です」と発表されたが、『平成』という元号は素晴らしい名称であると思う。
 戦争のない平和な時代であって欲しいと心から希求されておられる今の天皇陛下、美智子皇后の思いとぴったり合った元号であったかと思う。
                     
 有識者の話し合いで決まるということであるが、もし、意見が割れてなかなかまとまらないようであればコンピュータで決めるという方法もあるかもしれない。
 いささか古い話で恐縮だが、ホンダはアメリカ国内向けに新系列の販売網を作ろうとした。その新販売網の名称は『アキュラ』という名称のチャネルになったが、その名称選びに当たって、
 ①アルファベット5文字で
 ②聞きやすく
 ③読みやすく
 ④見ていて感じのいい単語
 という選定基準を設定し、これをコンピュータに入力し、候補となる名称をはじき出させた結果、最後に残ったのがアキュラ(Acura)だったということである。
 何の意味もない、辞書にもない単語だったということである。いかにもホンダらしい。
 しかし、神事に近い事柄でもある年号の選定にはこの方法はなじまないと批判される恐れもあるので、この方法は取られることはないだろうが、年号でなければこの方法も悪くないと思う。

 なお、今度の『平成』に代わる新年号の選定基準は前回の⑧の「M・T・Sと異なる」にH(平成)が加わって、「頭文字がM(明治)T(大正)S(昭和)H(平成)と異なる」(M・T・S・H以外)ということになるかもしれない。
 M(明治)は入れなくてもよいのではないかとも思うが、明治生まれの方で100歳を越えるお元気な方もおられるだろうから、M(明治)を外すわけにはいかないだろう。
 ⑤の国民の理想としてふさわしい意味を持つと⑦これからの時代にふさわしいに重きを置いて議論されて新年号を決定していただけたら有り難いと思っている。
そんなことは決してないと思うが、現在の政権の意向を忖度するようなことは絶対ないことを願っている。

 果たして、新年号がどのような名称になるか今から楽しみである。

posted by 今井繁之 at 15:48| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする