2018年02月12日

 正々堂々と戦う人には拍手を惜しまない



 2018年、大相撲初場所で見事に優勝したのは前頭5枚目の「栃の心」という力士であった。彼は12年前、はるばる東欧のジョージアから日本に来て、怪我で幕下下位まで落ちたが、周りの人の励ましもあり、幕内にカムバック、この初場所 14勝1敗で優勝した。
 千秋楽の前日の14日目に優勝を決めたが、対戦相手の松鳳山を寄り切りで破った際、満員のお客様の多くの方が惜しみない拍手で彼の勝利を称えた。
 アナウンサーのインタビューに流暢な日本語で語っていた「栃の心」の目には涙が光っていた。優勝したことはもちろんだが、お客様の大部分は日本人であり、その日本人の観客から万雷の拍手で褒めたたえられたのが嬉しくて涙が出たのだと思う。
身長190センチ、体重170キロ、筋肉隆々の立派な体の持ち主で、立ち会いに変化することはまったくなく、前へ前へと出ていく、見ていても非常に好感の持てる力相撲で相手力士を圧倒していた。
 私も含めてお客さんが彼の優勝を祝福したのは彼の正々堂々たる取り口にあったと思う。 正々堂々とした取り口で勝利を納めれば、民族なんて関係なく称賛することを、「栃の心」の優勝は証明した。

 同じ大相撲の力士に白鵬という力士がいる。彼は最高位の横綱であり、優勝回数40回という素晴らしい記録の持ち主である。前人未踏の素晴らしい優勝回数を記録しており、強い力士であることは認めるが、私もそうだが真に相撲好きの人はこの白鵬関が優勝しても万雷の拍手を送らない。なぜかというと正々堂々とした相撲を取らないからである。
 以前、きわどい勝負で物言いがついて取り直しになった時に彼は自分はモンゴル出身ということで人種差別を受けているというニュアンスの発言をした。  
 他の力士が白鵬と戦って勝つと横綱という最高位の力士を破ったということもあるが、日頃から彼の相撲振りを快く思っていないお客様は勝った力士に万雷の拍手を送る。
 白鵬は自分がモンゴル人であるからそのような差別を受けると思い込んでいるようである。しかし、白鵬が横綱に昇進した当時のように、正々堂々とした相撲を取っていればこんなことにはならないと思う。
最近の白鵬は横綱なのに立ち上がりの瞬間、相手の顔面、それも目の辺りを狙って張り手をする、さらに時折、肘に巻き付けたサポーターでエルボーキック?を見舞う。このエルボーキック?で脳震盪で倒れる力士もいる。プロボクシングでグラブを固いものにするという細工をして不正を犯した外国人ボクサーがいたが、白鵬のサポーターも一度確認した方がよいのではないかと思ってしまう。たまたま白馬富士という力士の暴行事件があった関係で、横綱審議委員会のトップが記者会見して、「白鵬は15番中、12番で張り手やエルボーキックのような肘打ちを相手力士に見舞っており、最高位の横綱としてふさわしくない」と発言した。
なぜ、これまで黙認していたのかという不満があるが、白鵬が最高位の横綱に期待される「受けて立つ」という正々堂々とした相撲を取っていたら、今回、優勝した栃の心に惜しみない拍手があったように白鵬にも勝つ度に多くのお客様から拍手があるかと思う。

 そもそも『正々堂々』とは何なのかと疑問を持つ人もいるかもしれないので少し述べさせていただく。
 この『正々堂々』という言葉に一番馴染みがあるのは甲子園で行われる高校野球の全国大会で選手の代表がする選手宣誓である。
 「私達選手一同はスポーツマンシップに則って正々堂々と戦うことを誓います」と宣言するが、広辞苑を引くと、そこに『正々堂々』の解釈として、「卑劣な手段を用いず、態度が立派なさま」とある。
 『正々堂々』について、日本相撲協会の前理事長である先代の境川親方(元横綱佐田の山)が、以前、新聞のコラム欄に相撲の世界を例にして、次のようなことを語っている。
 「名横綱双葉山という偉大な相撲取りは一度も待ったをしなかったと言われるが、待ったはあった。それは相手がいい加減に立ってきた時だった。『そんなものじゃ十分でないだろう。きちっと仕切って思う存分、力の出るような体勢で立て。もう一回やり直しだ』と押し返したという。またある時、この双葉山に竜王山という力士が最初の蹲踞(そんきょ)の姿勢からいきなり突っ掛けた。この奇襲攻撃にも双葉山は慌てず騒がず受けて立ち、土俵にたたきつけた。その時、竜王山の師匠であった出羽の海親方は激怒した。『どこからいっても勝てないからといって飛んでいきやがって。双葉関のところに行って謝ってこい』と指導したという。この双葉関の土俵態度、出羽の海親方の指導こそ「正々堂々」ということである。
 (蹲踞=相撲や剣道で、つま先立ちで深く腰を下ろし、膝を開いて上体を正した姿勢)
 
境川親方の言葉のように、『正々堂々』とは、卑怯な手段を使わない、ごまかしをしない、ごまかしを許さない振る舞いということになる。
ただし、かっての舞の海関、現在の宇良関のように明らかに軽量の力士が自分よりはるかに大きい力士に正面から、それも力相撲で勝負に挑まなければいけないということはなく、立ち会いに多少の変化があっても、それは「技」ということで卑怯ということにはならない。

 相撲や野球のように、スポーツの世界では敵と味方に別れて対戦することが多いが、個人の対戦であれ、チームとしての対戦であれ、正々堂々と正面から力を競い合って戦えば、スポーツの本当に好きな人であれば勝っても負けても、このような戦いをした選手に心から拍手を送る。
 昨年、NHKBSで日本からメジャーリーグに挑戦して活躍した選手の特集があったが、その1人、野茂英雄というピッチャーを取り上げた番組を私は見た。彼はメジャーでノーヒットノーランを2回達成しているが、最初に達成した試合で、あと1インニング投げて相手チームの打者を抑えたらノーヒートノーランを達成するといった時に、球場全体が彼の素晴らしい記録達成を応援する場面があった。対戦相手のレンジャーズのファンも立ち上がって野茂投手に声援を送った。日本人であるとか米国人であるとかといった出身国に関係なしに、力いっぱい投げる野茂投手の正々堂々たるピッチングに感動したのである。
 野球が好きな米国人だからそのような振る舞いをしたのではなく、日本人だって正々堂々と戦い、素晴らしい結果を出す選手には敵・味方に関係なく万雷の拍手を送る。
 私はそのようなことを実際に目にしたことがある。野茂選手同様、メジャーに身を投じて素晴らしい活躍をした選手にイチローがいる。このイチローがメジャーに行く前々の年、彼の所属していたオリックス・ブレーブスがパ・リーグで優勝、セ・リーグを制覇したヤクルト・スワローズと対戦した。私はヤクルトを応援するべく息子と一緒に神宮球場に観戦に行った。イチローは5年連続首位打者を取るという素晴らしい成績を挙げた選手であり、走ってよし、打ってよし、守ってよしという三拍子そろった選手であることは承知していたが、私の応援するヤクルトの対戦チームの選手であり、オリックス側の応援席からイチローの活躍を願って声援があるのは当然のことであり、ヤクルト側応援席からイチローに声がかかるなんてことはまったく想像していなかった。ところがイチローが打席に入ると、オリックス側のイチローコールと共に、何とヤクルト側の応援席から「イチロー、イチロー」というコールがあり、球場全体がイチローコールに包まれた。
 今まで何回もプロ野球を観戦してきたが、こんなことは初めてだった。びっくりすると共に素直に感動した。
イチローという選手が素晴らしい成績を残した選手であること、実績を残す為に努力していること、手抜きせず全力でプレーすること、まさしく正々堂々と戦う選手であることを知っていて、敵・味方が惜しみない声援を送ったということである。

 スポーツの種目が何だろうと、選手の出身国がどこであろうとも、正々堂々とプレーする人には惜しみない拍手を送るべきであり、今回、正面から堂々と攻める相撲を取り優勝の栄誉に浴した栃の心関に日本人観客の多くが惜しみない拍手を送ったことを日本人の1人として誇りに思う。                            
posted by 今井繁之 at 10:59| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする