先般、私がかつて勤務していたソニーの子会社で一緒に仕事をしていた石田秀一(仮名)さんという方が亡くなったという訃報が届いた。仕事の関係で葬儀には顔を出すことができなかったが石田さんのいた木更津の方向に向かって深く頭を垂れて黙祷を捧げた。
石田さんは私より5歳ほど年上で、生産技術部の部長をしていた。年下の私を可愛がってくれて、私が議長役を務めていた週一回の部長会議の席上でも何度も助けていただいたことがある。
その石田さんから「今井さんがそんなことをいったら駄目だよ・・・」と注意されたことがある。何のきっかけであったかは忘れてしまったが、石田さんを含めて何人かの人達と歩きながらおしゃべりしていた時に、私が深く考えずに軽口を叩いた時に石田さんの口から出た叱責の言葉であった。私はどのようなことをいったか覚えていないが、言った自分もまずいことを言ってしまったなぁと悔やんでいた時に、石田さんが私だけに聞こえる声で私をたしなめた時に言われた言葉であった。
石田さんは日頃から私のようないい加減な男を大変買ってくれていた。買ってくれたというのも変な表現だが、石田さんは何かあると「今井さんはいい」と言って褒めてくださり、「今井さんはもっと偉くなるのを皆、期待しているよ」と言って励ましてくれた。
その私が不用意に石田さんを失望させるようなことを言ってしまったのである。
自分でも恥ずかしく思っていたが、石田さんの口から「今井さんがそんなことを言っては駄目だよ」という言葉は、私のその後の言動にも大いに影響を与えて、周りの人を失望させるような軽口を利いてはいけないという戒めになった。
私がこの会社を去った数年後、研修講師の仕事をするようになったことを知らせた時、「今井さんはたいしたものだ。いつかは今井さんがそんな風になるかもしれないと思っていたが、その通りになってくれた。ありがとう」というお褒めのお手紙をいただいた。
ここ数年、石田さんと親しくお会いする機会はほとんどなくなったが、年賀状のやりとりをしており、年賀状にはいつも励ましの言葉があった。何年経っても、「今井さんがそんなことを・・・」と言って、私をたしなめてくれた石田さんの言葉は忘れない。
二つ目は「人を責める前に自分の無知を責めなさい」という言葉である。
この言葉は私が30代の後半、ヒューマンアセスメントのアセッサー養成コースという社外研修に参加した時、一緒に参加していた高橋さんという方に言われた一言である。
講師がやたらと横文字を使うのに閉口した私が、このコース終了後の懇親会の席で隣り合わせた私よりはるか年配、50代の後半と見受けた高橋さんに「いやぁ、あの講師の横文字の乱発には参りましたねぇ。横文字をわざわざ使わないで日本語でお願いしたいものですねぇ」と話しかけた。私より年配者だからこの人も講師の横文字の多さに閉口して 「まったくその通りですねぇ」という返事が返ってくると思ったら、高橋さんは「あなたは私よりはるかに若い。そのあなたが横文字が多いといって講師を責めるのはおかしいよ。その横文字の意味を知らない自分の無知を責めなければいけません。分からなかったら辞書で確認すればよいではないですか」と言う。 その言い方に一瞬、反発を感じたが、確かに高橋さんの言われる通りである。
高橋さんは「分からない言葉が出てきたら書き留めておいて後で辞書で引けばよいのです」と言う。そう言われる高橋さんの傍らに国語辞典と英和辞典があった。
後日、高橋さんからこの時の立派な講義録が送られてきた。そこには私が分からなかった横文字に日本語の意味が付してあった。素晴らしい講義録を前にして私は恥ずかしくなった。
「己が無知であることを恥ずかしいことだと思いなさい」という高橋さんの言葉は私のその後の生き方に大きな影響を与えた。
自分が理解できない言葉を使われたからといって、使った相手を責めるのではなく、分からないのは己がよくないのであると自分に言い聞かせて、何らかの手段で自分で分かろうとする努力を惜しまないようにした。辞書を必ず持ち歩くようになった。 分からないことの大半は辞書を引けばどこかに出ているものである。
高橋さんが言われた「分からないことがあったら分かるように自ら努力しなさい」という教えがなかったら、私は自分の勉強不足を棚に上げて他人を非難していただろうから私にとっては大変有り難い言葉であった。
高橋さんからいただいた名刺の肩書きはNTT、当時は電々公社であったかと思うが都内にある支店長というものであった。 講義録をいただいた時はお電話でお礼を申し上げたが、その後は疎遠にしており、今現在、どこにおられて、そもそも存命かどうかも分からないので、お会いして「高橋さんの教えのお陰で少しは利口になることができました。ありがとうございました」とご挨拶できないのは大変残念である。
三つ目は「本当に偉い人は偉ぶらないものだ」という言葉である。
私がこの言葉で誰かに叱られたということでなく、周りの人がこのようなことを言うのを聞いて、自分も意識して偉ぶるような言動はしないようにしなければいけないと自分に言い聞かせた言葉である。
この言葉を実感させていただくきっかけになったのは、今は故人となったが、発想法の権威であった保坂栄之介さんという方を私の主催する問題解決・意思決定力強化研修の公開セミナーに迎えた時である。この人は今から20年近く前に若くして亡くなられたので知る人ぞ知るという存在になってしまったが、創造的発想法として定評のあった『イメージコントロール法』を開発した人で、創造力開発の分野では第一人者であった。沢山の著書を出しており、私などは及びもつかない人であった。
その人が私の開催したセミナーに一受講者として参加されたのでびっくりした。
セミナーがスタートする前に私が「保坂先生に受講していただくなんて恐れ多いことです」と挨拶すると「今日は私は今井さんの一生徒ですから決して遠慮しないで下さい」と言われる。
保坂さんのその後の言動はその通りで、私の説明を素直に聞き、疑問点があれば率直に質問する。グループ討議では自己主張はあまりせず、メンバーの意見に耳を傾ける。
どこにも自分のキャリアをひけらかすようなところはなく、メンバーの一員に徹している。たまたま、保坂さんのグループに栃木県庁から参加されていた私の知り合いでもあった高久さんという若い人がいて、この人が保坂さんに「保坂さん、そんなこと言っちゃダメだよ。何もわかっていないなぁ」と私がハラハラするようなことを遠慮容赦なく言う。 保坂さんはニコニコしながら「いやぁ、高久さんの言う通りです。いい勉強になりました。ありがとうございます」と頭を下げる。
セミナー終了直前に、私がこの高久さんに「保坂さんは本当は凄い人で、発想法に関する日本の第一人者だよ」と話したら「本当ですか、私は保坂さんに大変失礼なことを言ってしまった。謝らなければいけない。それにしても保坂さんは凄い人ですね。ウチのグループメンバーは皆、保坂さんに好意を持ってますよ。だけどもあの人は一言も『発想法』のことはお話にならなかったですよ。本当に偉い人は偉ぶらないものなんですね」と言う。 この言葉を聞いて、自分の日頃の振る舞いはどうであったかを考えた。
私はどちらかといえば受講生に侮られないように権威者ぶるような言動をしていたような気がする。
この一件があって以降、保坂さんをお手本にしなければいけないと自分に言い聞かせて、偉ぶるような言動は厳に慎むように心掛けている。
そのお陰かと思うが、受講生とフランクに話し合えるようになり、必然的に良好な人間関係を作ることができるようになった。
この三つ以外にもいくつもお叱りを受けたり、指導を受けたりしたことがある。そのように叱ってくれる人、お手本を示してくれる人に恵まれたお陰で今日まで研修講師としての仕事を続けることができたので感謝、感謝、感謝である。