2019年05月28日

許しがたい読み間違い


 あまり大騒ぎになっていないが、平成最後の日の4月30日に行なわれた“退位礼 正殿の儀”で安倍内閣総理大臣が述べた『国民代表の辞』で「天皇皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願っていません」と言ったということである。
 私はその記事をネットで見た時は、安倍晋三氏は日頃から、平和を希求し、災害の被災者に真摯に寄り添う天皇陛下・美智子様のことを疎ましく思っているという噂があるので、一瞬、本音でそのようなことを言ったのではないかと思ったが、いくら何でもそれはないだろうと否定した。
 しかし、「願っていません」と言ったのは事実であり、安倍晋三氏がなぜそのようなことを言ってしまったのかというと、手元の原稿には「末永くお健やかであらせられますことを願って已(や)みません」とあったが、「已みません」の「已」には振り仮名が付いていなかったため、「願って已(や)みません」と読めなくて、「願っていません」と読んでしまったということである。
 事務方は森羅万象、何でも知っていると豪語する安倍氏なら振り仮名をつけなくても正しく読めると思ったのではないかと思う。
 安倍氏は『国民代表の辞』を途中まですらすらと読み進んで来たが、「願って已みません」のところで、「已」を「や」と読めずしばし詰まってしまった。「已」は「い」とも読めるので、(何か変だなぁ)と思いながら、「願っていみません」と読むのもおかしいと思って、思わず「願っていません」と言ってしまったようである。
 でもこの言葉を耳にした天皇陛下、美智子皇后はびっくりされたことだろう。
 「願って已(や)みません」と「願っていません」では180度違う。
 今回のことは「已」(や)は自己の「己」(おのれ)と、12支の巳年の「巳」(み=へび)と大変似ており、間違いやすい漢字といえばその通りであるが、事前に読み合わせをしていて、安倍氏が「俺はこの字を読めないが、已は何と読むのか?」と確認しておけば、事務方から「それは『や』です」と教えてもらえたと思う。
 已(や)の字を何と読んでよいか戸惑ったら、前後の文章から、当意即妙にあっさり「願います」と言えばよかったのにと思う。でも、そのような当意即妙はやさしそうで難しい。

 不思議なことに今回の誤読の件は主要新聞やテレビで取り上げられることはまったくない。
 安倍氏が直接、官邸HPから映像を削除しろとかマスコミ対策をしろと命令したわけではないと思うが、いつものようにお付きの人達が安倍氏に忖度して大急ぎで証拠湮滅をはかり、NHKを始めマスコミに対してもニュースとして報道することを固く禁じたものと思われる。
 日本国には報道の自由があると思っていたが、現在の安倍内閣の下ではそのようなものは存在しなくなっているのかもしれない。

 今回の読み間違いは戦前だったら切腹ものだと思う。
 安倍氏は「願っていません」の部分は声を落として言ったので誤読は露見しないと思ったのかもしれないが、やはり悪事?は露見してしまった。
 私だって怒るが、右翼の皆さんは大変なお怒りになったようである。右翼団体の一水会は公式ツイッターに「安倍氏が願っていませんとやってしまったことは仕方ないが、それを糊塗しようとして、官邸HPから映像削除したことはよくない、潔く字を間違えたことを認め不見識を謝罪せよ」と投稿した。
 一水会の主張はもっともであるが、その後、公式に謝った様子もなく、首相官邸の前で大音響で「切腹しろ」と責めているという話もないので、どうなったのかはまったく不明である。
 ネット上では「字が読めないことより、こんな人生最大の舞台で間違えないよう、読み合わせぐらいはきちんとしてくるべきだ」、「極めて厳粛な場で、自身で原稿を作成せず、読む練習すらしていないのはけしからない」と批判されている。

 重要な文書を読むような時はきちんと読み合わせをして間違いのないようにしなければいけない。
 森友問題にしても加計学園問題にしてもウソのオンパレードで乗り切ったが、この読み間違いで天皇陛下・美智子様に不快な思いをさせたことも、なかったことにして乗り切るつもりなのだろう。
 安倍氏の仲良しの麻生元総理大臣も未曾有を「みぞうゆう」と読んだり、怪我を「かいが」と読んで失笑を買ったが、安倍氏も漢字の読み書きは得意ではないようである。
 これまでも云々を「でんでん」と読んだり、背後を「せご」と読んだということである。 やはり子供の頃、読書に親しむとか漢字の読み書きをしっかり勉強することを怠った付けが出てきたということだろう。
 安倍氏はこの先、まだまだ日本国の最高権力者として君臨するつもりだろうから、読み書きが不得意であれば、重要な挨拶文には振り仮名をつけてもらうか、事前の読み合わせをきちんとして、恥をかかないように準備をおさおさ怠らないようにするべきである。

 それとまだ若いのだから読み書きの勉強をするべきである。
 戦前から戦後にかけて学習院の院長を勤めた元海軍大将の山梨勝之進さんは、米寿(88歳)を迎えた時、お祝いの贈り物に何がいいかと聞かれて、「ブリタニカの百科事典がいい」と答えたそうである。
 実に向学心の旺盛な方であった。
 安倍氏に限らず私達も山梨さんを見習って、分からないことが出来るだけ少ない大人になるために絶えることなく勉強をしなければいけないと思う。


posted by 今井繁之 at 15:42| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

新元号『令和』はどのようにして決まったのか?


 「平成」に代わる元号として「令和」ということになり、街中にこの「令和」という文字が氾濫している。どのようにしてこの「令和」という元号になったかについては政府の発表では多くの人の意見を聴いて慎重に決めたということである。
 2019年4月1日にIPSの山中伸弥さんら有識者による元号に関する懇談会を開催、次いで衆参両院正副議長への意見聴取、さらに全閣僚会議を経て決まったということだが、喧々諤々の議論の結果、決まったのかというと、どうもそうでもなかったようである。
 政府は3月14日付けで国文、漢文、日本史、東洋史などの専門家に元号の候補案の提出を委嘱、しかし内閣総理大臣の安倍氏の気に入るような元号がなく、仕方なく改めて国書と漢籍の複数の学者に追加の考案を求めた。その結果、国文学者の中西 進氏が考案した「令和」を安倍氏は気に入ったので「これでいこう」ということになったようである。 そういうことであれば有識者による懇談会などはいったい何だったのかということになる。幅広く多くの人の意見を聴いて決めたという形を取ったということだが、元号の決定はもう少し公明正大であってもよいのではないかという気がする。

 元号の候補案としては「英弘」、「久化」、「広至」、「万和」、「万保」、「令和」の6案があったということが報道されている。
 古い話で恐縮だが、昭和天皇の崩御の後の元号を何にするかということで、関係者の間で話し合われた時、以下のような選定基準があって、候補案として最終的に残った「平成」、「成化」、「修文」を遡上に載せて、比較検討した結果、「平成」になったそうである。
①文字数が「漢字2文字」以内
 ②これまで日本で元号またはおくり名として用いられていない
 ③漢字が書きやすく、読みやすい
 ④出典が明確である
 ⑤国民の理想としてふさわしい意味を持つ
 ⑥意味がわかりやすい
 ⑦これからの時代(21世紀)にふさわしい
 ⑧頭文字がM(明治)T(大正)S(昭和)と異なる(M.T.S以外)
 ⑨あまり一般的でない(企業名、店舗名、商品名、個人名に使用されていない)

 ①と②は絶対条件で、③から⑨まではできるだけ望ましい条件ということであったようである。絶対条件はこれを満たさないものは候補から落とすという性質のものである。
⑧にある頭文字がM・T・Sと異なるということについては「平成」であるとH、「成化」、「修文」であるとSになるということで平成が選ばれたという説もあるが、それだけではなく、⑤⑥⑦の基準を重視したのではないかと思う。
 とにかく何らかの基準があって選ばれたということであれば、納得していただける度合いが高いが、その基準がまったく明確にされないと不明朗感が残る。

 今回の元号の選定に当たっては前述の基準の⑧の「M・T・S以外」がM・T・Sにプラスして「H(平成)」が加わったのではないかと思われる。
それとこれが一番肝心なところであるが、安倍氏の強い思いで前回と違った基準「元号の出典は国書に依る」が加わり、 これは絶対条件であったようである。
候補案の「久化」、「万和」、「万保」の典拠は漢書ということであっさりNGとされてしまい、「広至」も漢書にも国書にもあるということで振るい落とされ、残ったのは「英弘」と「令和」の2つということになった。「英弘」は会社名、店舗名、個人名に使用されていることが多いので採用を見合わせた方が無難だろうということで、意味はよく分からないが、安倍氏のお気に入りの「令和」でよいのではないかということで決まったようである。
「令和」そのものを貶めようという考えはないが、「元号の出典は国書に依る」を絶対条件にするというなら、安倍氏は委嘱した専門家の皆さんにそう言うべきであった。散々苦労して提出した元号案を「漢書に登場するのでNGです」と言われたら、大変立腹した人がいるはずである。訴訟事件なってもおかしくないが、そうならなかったのは専門家の皆さんは紳士なのかもしれない。

 「令和」の出典は万葉集ということである。万葉集の梅の花の序文にある「初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香」から引用したということである。「令和」の発想者である中西 進氏の現代語訳では「時あたかも新春の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている」ということである。
 平安時代の宮廷人には理解できても、現代の我々には理解しがたいが、森羅万象何でも分かると豪語する安倍氏はこの引用文から「悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく、厳しい寒さのあとに春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように一人一人の日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたいという思いを込め、令和に決定しました」と語っている。この人がこんなに想像力が豊かであるとは思わなかった。「令和」発表の当日はNHKや民放各局へのテレビにも出演して、そこで「令和」に決めたいきさつを語り「SMAPの『世界に一つだけの花』という歌がある。それぞれの人が花を咲かしていく次の時代もですね、若い皆さんも含めて夢や希望が花開いていく時代にしていきたい」と似たような話をしている。
 「令和」を「世界に一つの花」に結び付ける発想は凡人である私共には分からない。
 元号名が時の政権、それも一個人の思いを表したものにするというのは何かおかしいと思う。でも「安久」とか「安栄」といった安倍氏に忖度した元号にならなかっただけでも良しとしなければいけないのかもしれない。
孔子の言葉に「令」の入った「巧言令色鮮し仁」(コウゲンレイショクスクナシジン)がある。意味はことば巧みに表情を取りつくろっている人は、かえって仁の心に欠けているということだが、これは安倍氏そのものの日頃の言動を指しており、反省の意味を込めてこの「令」の字の入った元号を選んだのかもしれないと思った。でもそんな殊勝な人間ではないか・・・・・・。
 とにかく元号名の「令和」は甘受するとしても、決定の経緯は納得できないし、このような決定は大変不愉快である。

 成仁天皇陛下には長く天皇の地位に就いていただきたいと思っているが、30年後、40年後に、年号を改定するようなことがあったら、今度は時の権力者の好みだけで決めることのないようにしていただきたいと願わざるを得ない。
posted by 今井繁之 at 15:34| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする