2019年09月23日

私を頑張らせた友人の言葉

 
 「猿もおだてりゃ木に登る」という言葉があるが、猿は木登りが得意で大変上手に木に登ると思うが、そんな猿がおだてられて得意げに木に登っている姿がとても滑稽なのでそれを阿諛する言葉だということである。
 ただ、テレビ放送されたアニメ番組の関係で「豚もおだてりゃ木に登る」という言葉があるということだ。これは能力の低い者でも、おだてられて気分を良くすれば能力以上の働きをするということだそうだ。
 「おだてる」と似た言葉で「褒める」があるが厳密にいえば少し意味は違うようである。 
「褒める」は人のしたこと、行いを優れていると評価してそのことを言うことであり、「おだてる」は嬉しがらせることを言って、相手を得意とさせる、何かさせようと、相手を持ち上げるということなので、「褒める」の方がよさそうだが、まったく根拠がなければ別だが、それなりの根拠があれば、持ちあげて、その気にさせて、頑張らせれば、それはそれでもよいのではないかと思う。
 私は「猿」ではなく、「豚」の方に該当するかもしれないが、友人に褒められて、いや、おだてられてそれに応えるべく頑張って生きて来たような気がする。
 私を頑張らせてくれた言葉の一つに「お前は凄い、俺達はお前に敵わない」がある。  私は1961年に信州の田舎から明治大学に入学するべく上京して来た。経済的な問題はともかく、自分は大学に入学した同期の人達と学力的に伍してやっていけるかという懸念があった。何故かというと、私は定時制高校は卒業しているものの、受験勉強なんてまったくの自己流で、運よく大学に入学できたものの、自分の学力に不安を抱えていたからである。
 入学式が終わった後、私は12組所属ということで指定された教室に入り、そこでクラス担任?の先生から学生生活に関する注意があったようである。
 一段落したところで、近くの席にいた仲間とお互いに名前と出身高校の紹介をした。私の左隣にいたのは岡山県出身の安芸勲男君、私の右隣は淡路島出身の賀集謹次君、その隣が福岡県出身の川口与一郎君、その後ろが東京都出身の清久光洋君、他にも何人かいたような気もするが、覚えているのはこの4人である。安芸君、賀集君の出身校の時は特別なことはなかったが、川口君が「俺の出身校は久留米付属」と言った途端、他の3人が「それは凄い」と言う。私は知らなかったが、相当レベルの高い高校のようである。私の番になって「僕の名前は今井繁之です。出身校は長野県岡谷市立竜上高校です」と言うと、川口君は首を傾げながら、「悪いけれど俺はその学校名は聞いたことがない」と言う。私は「竜上高校は昼間の高校ではなく定時制専門の高校で、私はその学校の一期生です」と話すと、川口君は「定時制というのは夜間高校だろう。今井は昼間は何をしていたのだ」と聞くので、「自分は昼間は町工場で4年間働いていた」と話すと、川口君は「町工場で働きながら、夜、勉強して、この大学に入学したのだ。それもストレートなんだろう。今井、お前は凄い奴だ。俺たちはお前には敵わない。な、そうだろう」と他の3人に同意を求める。3人は一斉にうなづく。私は「そんなにたいしたことはない。理解のある会社に勤めさせてもらったお陰だ」と話すと、川口君は「いや、今井は立派だ。俺たちはぬくぬくと勉強していたが、お前は昼間働きながら勉強して大学に合格したのだから凄い。俺はお前を尊敬する」と言う。他の3人も異口同音のように「俺も」と言う。
 川口君の「お前は凄い奴だ」という言葉を発した状況は今でも微かに覚えている。私は川口君のこの言葉のおかげで東京で大学生としてやっていけるかもしれないという気持ちにさせてもらった。
 大学生時代だけでなく、その後の人生でも聞かれれば、自分が定時制高校出身であることを披露して、堂々と歩んで来たが、これは入学時の川口君の私を褒めてくれた一言のお陰であり、川口君には大変感謝している。
 川口君は数年前、脳梗塞で倒れて、歩くのも話すのも十分できなくなり、療養施設に入院している。時々見舞いに行っており、見舞いに行くと、嬉しそうに大声を発して歓迎してくれる。私が現在も研修講師の仕事を続けていることを、たどたどしい言い方ながら 「お前は凄い」と言って褒めてくれる。川口君とは終生の友人関係を続けたいと思っている。

 もう一人、川口君同様、「お前はいつも前向きに生きている」と言って、終始、私にエールを送ってくれた友人がいた。
 私は大学を卒業してリコーという会社に入社した。リコーに勤務したのはほんの数か月であった。数か月の勤務であったにも関わらず、同時期に入社した広瀬 明君、相沢将之君、尾崎孝幸君の3人とは50年以上に渡って交遊を続けていた。
 リコーに入社した1965年、当時のリコーに入社するのは至難というと大袈裟ではあるが、人気企業の一つであった。私はともかく入社した人達は前記の3名も含めて有能な若者であった。しかし、入社当時のリコーは大変な業績不振の時期であり、広瀬君はNECに、尾崎君は日本住宅公団に私同様、早々に転職した。相沢君はリコーに残った。私はソニーの子会社である桜電気(現社名ソニーイーエムシーエス木更津テック)に勤めるようになった。広瀬君、尾崎君は安定した会社に、相沢君も業績の立ち直ったリコーに勤務しており、私は従業員150名程度の中小企業に勤務ということでこの先どうなるかという不安を抱えていた。
 尾崎君とは数年に1回の割合で会っていた。
 彼はどちらかというとシニカルに物事を見る男で心にもないようなことを口にするような男ではなかった。
 ところが、その彼が私に会う度に「今井君はよく勉強している。お前はいつも前向きに生きている。俺はお前に敬服している」と言ってくれる。
 なぜそのように言われたかと思い起こすと、会う度に私が今、こんな本を読んでいるとか、こんな資格を取る勉強をしているといったことを喋ったので、尾崎君からそのような発言があったような気がする。
 本を読んでいたことは確かだが、松本清張さんの推理小説とか、司馬寮太郎さんの時代小説の類いであり、それほど敬服されるに値するものではない。資格取得の勉強といっても社会保険労務士の資格を取得したぐらいで、それほどたいしたことではない。
 当時の私の勤務先はソニーの子会社であったが、子会社なんて親会社の都合でいつ消滅させられるか分からないという危機感があり、そうなった時に備えて、どこにいっても通用するような力を付けていなければならないという思いがあったから少し勉強した程度である。
 尾崎君は早稲田大学の法学部を卒業しており、私よりはるかに学業成績も優秀で、優れた頭脳の持ち主であった。
 尾崎君には川口君の時と違って、自分が定時制高校の出身だとか、大学時代の苦労話をしたことはない。でも、私が恵まれた環境の出身者でないことは分かっていたような気がする。「お前はいつも前向きだ。俺はお前に敬服している」という言葉をかけられる度に、自分はより前向きに頑張らなければいけないという思いにさせられた。
 でも、よく考えてみれば、私のような者にそのようなことを素直に言ってくれる尾崎君こそ敬服に値する人間ではないかと思う。
 その尾崎君は2018年、死去しており、励ましの言葉を聞くことがもう二度とないというのは寂しいが、いつか私も彼のいる黄泉の世界にいくだろうから、その時はゆっくり話したいと思っている。

 川口君、尾崎君以外にも、後年になって私を激励するべく有り難い言葉をかけてくれた人が何人もいた。
 そのように声をかけて励ましてくれた方々にはもちろん感謝している。
 でも、大学生活をやっていけるかどうかと不安を持っていた19歳の私に「お前は凄い、俺たちはお前に敵わない」と言ってくれた川口君の言葉、大学を卒業して入社した会社をすぐ辞めてしまい、中小企業に勤めながら、一抹の不安を抱えて過ごしていた20代から30代にかけての時期に「お前はいつも前向きだ。俺は敬服している」という尾崎君の言葉は本当に有り難かった。自己が十分確立されていない若い時期に私に自信を持たせてくれる言葉を投げ掛けてくれた川口君、尾崎君には心から感謝している。
 私がその言葉に値する人間ではないことは自分が一番よく承知しているが、でもそのように好意的に評価してくれる言葉を若い時にかけてもらうと、猿が木に登るのか、豚が木に登るのか、どちらが正解なのかは分からないが、その言葉に応えようと頑張る人がいるということを語らせていただいた。
      


posted by 今井繁之 at 17:45| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年09月07日

 鉄拳制裁は許されるか?


 私はこれといった趣味のない男だが、唯一あるとすればそれはプロ野球観戦である。  どこのファンかと言われると困るが強いていえば広島カープである。
 その広島カープは2019年のペナントレースの前半、連敗が続き、今年はセ・リーグの覇者になるのは無理ではないのかと思っていた。その矢先、広島カープの監督の緒方孝市氏が全力疾走を怠った野間峻祥選手に鉄拳制裁を加えたことが報じられた。
 なぜ鉄拳制裁をしたかというと、6月30日の横浜DeNA戦、2-2で迎えた延長11回1死で、途中出場していた野間選手の打球は、あたり損ねの投手前へのフライになったが、ノーバウンドで捕球されると勝手に判断した野間選手は全力で走っていなかった。 ところが横浜DeNAのエスコバー投手はワンバウンドで捕球して、態勢を崩しながら一塁に投げた。全力疾走しなかった野間選手の走塁が仇となってアウトとなり、カープはこのチャンスを逸して、この試合は2-2の引き分けに終わった。試合後、緒方監督は監督室に野間選手を呼び、叱責と同時にビンタを複数回くらわせたという。
「ビンタ」というのは掌(手のひら)で相手の頬を打つというものである。
なぜこの一件が外部に漏れたのか分からないが、広島カープの鈴木球団本部長は記者発表で、「行き過ぎた指導だったが、暴力は常習ではなく、両者の信頼関係は壊れていない。野間選手も監督の気持ちを理解しており『暴力だととらえていない』と言っている」と話した。緒方監督は、7月15日の試合前に全選手に謝罪、球団は、同日、同監督に厳重注意という処分を下した。
 ただ、この処分に対して、昨今、アマチュアスポーツ界では体罰が大きな問題となり、各団体、組織が再発防止策を必死に講じており、その動きに逆行するような行為を人気スポーツのプロ野球の監督が行うのはとんでもないとの手厳しい批判が一部にあった。
 
 緒方監督が日頃から暴力を振るっているという話は聞かないので、今回の鉄拳制裁は野間選手に期待しているところが大であり、何とかして巨人に移籍した丸 佳浩選手の後釜に成長して欲しいという期待があったからこそ、このような制裁をしたものと思う。
 あるいはこの日だけでなく、野間選手には怠慢プレーが目立ち、いつか気合いを入れなければいけないという思いがあったかもしれない。
 鉄拳を振るう方も鉄拳を受ける方もお互いの信頼関係があれば、一時的に痛い思いをしても双方の人間関係が崩れることなく、鉄拳を受けた方は感謝することになるから許せるという意見もあるが、果たしてどうであろうか?

 今から半世紀も前の話で恐縮だが、私の中学生の時、先生が生徒にビンタをくらわせる場面があったことを覚えている。
構内でマラソン大会があり、隣のクラスの男子生徒の何人かが折り返し点をターンすることなく、近道をしてゴールに入ったことがあった。ズルをしたということである。
どうしてそれが判明したのか分からないが、そのようなズルをしたことを教師が咎めてビンタをくらわせたというものである。誰がズルしたか、犯人は分からないがズルをした生徒がいたことは確かであった。担任の男性教師はクラスの男子生徒20数名を横一列に並ばせた。教師は「俺は恥ずかしい。不正をした者は名乗りを上げろ!」と言ったが、「自分がやりました」と正直に名乗りを上げる生徒はいなかった。
 教師は「誰がズルしたのかを知っている者は教えてくれ」と言ったが、ズルをしたのは誰なのかを分かっている生徒がいたかと思うが、仲間を庇って申し出る生徒はいなかった。
「分かった。誰も名乗り上げなければ俺はこれから君達にビンタする。名乗り上げるまでビンタする」といって、左端の生徒からビンタしていった。思い切りの力で平手打ちのビンタをした。一巡したが誰も名乗り上げずうつむいている。痛いのか、悔しいのか泣いている生徒もいる。平手打ちを見ているそのクラスの女子生徒も泣いている。クラスの違う私達も固唾を飲んで見守っていた。他の先生方も手を出すことを遠慮して傍観している。
 初回のビンタで名乗り上げる生徒はいなかったので、教師は左端に戻って再びビンタを繰り返した。平手打ちされた生徒は痛かったと思うが、思い切りの平手打ちを20数名の生徒に浴びせている教師はもっと痛かったと思う。2回目の平手打ちにも名乗りを上げる生徒はいなかった。
 教師は涙を流しながら「正直に名乗りを上げてくれ。そうでなければ俺はビンタを続ける」と言って、3回目のビンタを始めようとしたら、生徒の一人が「先生、すみません。ズルをしたのは僕です」と名乗りを上げた。続いて「僕もそうです」「僕もやりました」と名乗りを上げて前に出た。
 「分かった。ビンタをして悪かった。でもズルをしたのは絶対よくない。これから先にも苦しいことがあっても今回のようなズルは絶対するなよ」と言って、ズルをした生徒を一人一人抱き寄せた。そして「男の友情で君達の名前を言わなかった級友に一言謝りなさい」と言って、深々と頭を下げさせた。そして、先生は彼等をかばった生徒達に「申し訳ないことをした」と言って頭を下げた。
 ビンタを受けた生徒の中には頬の腫れた生徒もいたかもしれないが、20数名の生徒を思い切りビンタした先生の手も腫れていたと思う。
 ビンタされなかった私が覚えているぐらいだから、ビンタされて痛い思いをした生徒はこの日のことを一生忘れないと思う。
 後年、私はTBSで放送されたテレビドラマ『3年B組金八先生』シリーズの「腐ったミカン」というタイトルの放送で、学校に抗議して暴力を奮ってあばれた生徒を叱り、思い切りビンタした後で、生徒を抱き締める武田鉄矢扮する金八先生の姿を見て、自分が中学時代に目の前で展開された先生のビンタを思い出した。あのドラマでは金八先生と生徒の間に信頼関係ができていたので、ビンタした後、抱き合い、涙が自然に出てきたと思われる。

 かつては学校現場では生徒が好ましくないことをすれば厳しく叱り、場合によっては鉄拳制裁に転じることは日常茶飯事であったような気がする。
 このことについて親が先生を訴えるという騒ぎに発展したかというと、悪いことをしたのだから、このような叱りがあっても当然と受け止める親が大部分であったかと思う。
 今や時代は変わり、どのような理由があっても、子供相手に、そのような叱りは許されなくなってきていると思う。
 子供相手の場合、鉄拳制裁は一時的には効果はあると思うものの、やはり鉄拳制裁は止めるべきかもしれない。
 ましてや、大人が相手の場合、仮に相手に非があったとしても、鉄拳制裁という手段が効果があるかといえば、それは一時的にショック療法になったとしても、その効果が持続するかといえばどうだろうか?
 かつて中日、阪神、楽天の監督をしていた故星野仙一氏が監督時代、コーチや選手をボコボコに蹴り、殴ったことは有名だった。それでも星野氏の鉄拳は愛情の裏返しであると語られていた。
 しかし、当該コーチや選手が全員そう思っていたかはいささか疑問である。
 星野仙一氏の感情に任せて部下のコーチや選手をボコボコにしたのは決して褒められた行動ではなく、愛情と受け止めなかった人達も結構いたかと思うので、大人相手の暴力はやはりよくないと思う。

 スポーツの世界だけでなく、企業内でも何度も同じようなミスをしたり、職場の人間関係を乱すようなことがあり、注意しても素直に聞き入れない社員がいるかと思う。
 ソフトなたしなめだけでは効果はなく、どうしたらよいものかと切歯扼腕の思いをしている上位者は多いかと思う。
 上司としてはビンタの一つでもおみまいしたいところだが、叱り言葉だけでも「パワハラだ」と言われる今日、ビンタなんかしたら大変な騒ぎになってしまう。
 ここは「忍の一字」で理詰めに説教するしかない。説教する際、1対1がよいかというと、ケースにもよるが、冷静な第三者を立ちあわせて、証人になってもらうのがよい。
 好ましくない行為があったとしたら、何故そのような行為をしたのかを問う。その行為がどのような悪影響があるかを説明する。そして再度そのような行為を起こさないのにはどうするつもりなのか本人の心づもりを確認する。これまでもそのようなお説教しても今回も起こしたとしたら、この次も同じようなことをしたら何らかのペナルティを課すことを明確に話しておく。そのように話しても、同様な行為を繰り返すようであれば、配置転換するしかない。受け入れてくれるところがあれば良いが、そうでなければ辞めていただくしかない。

 プロ野球の選手の話を冒頭にしたが、選手が期待された結果を出せず、シーズンオフに戦力外通告をされて、12球団合同トライアウトを受ける羽目になってから「監督やコーチから指導されたことを真剣に受け止めて努力するべきであった」と反省の弁を述べる選手が多いが、戦力外通告されてから反省しても後の祭りである。
 企業でも同様で、上司は日頃から部下に対して、「真面目に取り組まなければ最終的に損をするのは君自身だよ」と口を酸っぱくして話しておくべきである。
 指導しても同じようなミスを繰り返すような場合、鉄拳制裁したい怒りの気持ちになったとしても、怒りの気持ちにストップをかけて、「私が今、感じていることはどうにもならない。しかし、どう考え、どう行動するかは自分で決めることができる」と自分に言い聞かせて冷静に対応することをお勧めする。

                    
posted by 今井繁之 at 13:37| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする