2019年11月19日

好奇心プラス勇気と行動

 
 
 先日、何故か分からないが、今から40数年ほど前の1978年にトヨタ自動車の本社工場を訪問したことを思い出した。
 何故、訪問したかというと、当時、トヨタ自動車が行っている「カンバン方式」という生産方式が話題になり、副社長をされていた大野耐一さんが書かれた『トヨタ生産方式』という本を読んだのがきっかけでこの生産方式の生の姿を直接見てみたいと思った。
 トヨタ自動車のどなたに手紙を書いたか覚えていないが、「自分は千葉県木更津市にあるソニーの子会社に勤務している人間であるが、カンバン方式に興味があるので、ぜひ御社を見学させて欲しい」というお願いをしたしめた手紙を送った。
 紹介者がいるわけではなく、取引先でもないのだから、返事が来なくても不思議でないのに、トヨタ自動車から「ぜひお出でください。ご都合のよい日をお知らせください。本社工場でお待ちしております」という返事が来た。
 当時の私は桜電気という無名の名前の会社の総務部に籍があり、生産部門の人間ではなく、そもそも生産方式に関心を持つのがおかしな話だが、そんなことはまったく考えなかった。
 私が一人で行くのはもったいないので、私の上司である、この会社の社長である鳥山寛恕さんに声をかけてみた。
 鳥山さんに「社長、トヨタのカンバン方式に興味がありますか?」と聞くと、「大いに興味がある。勉強してみたいと思っている」と言う。私は「ではトヨタの本社工場に行って生の姿を見てみましょう」と話した。鳥山さんは「そうはいってもそう簡単に見学なんてさせてもらえないぞ」と言うので、トヨタ自動車から来た「ぜひ来てください」という手紙を見せた。「どうしてお前がこのようなご招待をしてもらえるのだ。お前は不思議な奴だなぁ」と首を捻りながら言う。
 数日後、トヨタ自動車の本社工場を見学させてもらった。総組立部長の松永さんが先頭に立って工場のあちらこちらを案内してくれて、見学が終わった後、当方の質問に丁重に答えてくれた。鳥山さんは深々とお礼の挨拶をして、工場を後にした。

 帰りの新幹線の車中で鳥山さんは「お前には以前も『PAC』で驚かせられたが、今回はそれ以上に驚かされた。しかし、どうして、お前が天下のトヨタ自動車訪問の許可がもらえたのかなぁ。でも今日はいい勉強になった。とにかくありがとう」とお礼を言われた。 
鳥山さんの言う「PAC」というのは日本能率協会のコンサルタントの門田武治さんという方が生産効率を高めるための手法として開発したもので、この手法の紹介ということで、1970年に「PAC-高度生産性の秘密」というタイトルの本が世に出た。
 内容はPACという科学的管理手法を導入すれば設備投資なしで労働生産性を1.5倍から2倍向上させるというものであった。
 私はこの本を読んで、これは自分の会社でも使えると思って、鳥山さんにその本を渡して「読まれたらいかがですか?」と勧めた。その時、「総務のお前がなぜこんな本を読んでいるのだ。お前は変な奴だなぁ」と言われたことがある。
 本を読んだだけでは今一つなので、日本能率協会が開催したPACの勉強会が偶然だが千葉県の君津市内?にあった研修所で開催されたので、それに参加して勉強させてもらった。その時、日本能率協会の畠山芳雄さんという方と名刺交換をした。この方は雑誌「マネジメント」の編集長をされており、名著「こんな幹部は辞表を書け」と書かれた著名人だった。この方はその後、日本能率協会の理事長にもなられたエライ人であった。勉強会を終えて、帰りの電車で、この畠山さんの真向かいの席が空いていたので図々しくもそこに座り、車中で色々とお話をさせてもらった。畠山さんは私の名刺を見ながら「あなたは面白い人ですねぇ。総務畑の人で今日の勉強会に参加したのはあなただけです。でもよく勉強されているようなので感心しました。何かありましたらお力になりますので、いつでも私を訪ねて来てください」と言われた。
 畠山さんと面識を得たこともあり、私が研修講師をするようになってから「マネジメント」誌に原稿を書かせてもらったり、能率協会から本を出させてもらうことになった。  それはともかく、「PAC」の勉強会に出たこともあり、「PAC」についてあれこれ質問されても答えることができたので、社長の鳥山さんに勧めた次第である。
 鳥山さんに本を勧めて2週間ぐらいしたら、鳥山さんから「ソニー本社で『PAC』導入の説明会があるから君も参加しろ」という思いがけない話があった。「いや、私は総務の人間ですし、生産管理や製造部門の責任者が出た方がよろしいのではないですか」と言ったが、「もちろん彼等も出席するが、『PAC』に関しては我が社で君が第一人者だ。遠慮するな。ぜひ出て欲しい」と言われて出席することになった。数十社の子会社の人が出席していたが、総務畑の人間は私だけだった。
 その後でトヨタ自動車の訪問があったので、鳥山さんから「お前は先見の目があるかもしれない。面白い奴だ」と褒められることになった。
 私は総務部に籍はあったが、メーカーに勤務している以上、生産部門のことにも通じているべきだと考えていたので、このようなことにも足?を突っ込んだ訳である。
 生意気だけが取り柄の私が社長である鳥山さんに可愛がられたのは私の好奇心から畑違いのことにも興味を持って勉強して、他人から見ればどう考えても図々しい振る舞いを何ら臆することなく行ったせいではないかと思う。
 そういう図々しい振る舞いをしても許されたのは鳥山さんのように度量の大きい経営者がこの会社にいてくれたお陰だと思っている。

 長年、生業にしている研修講師の仕事をするきっかけになったのは、ソニーで論理的思考による問題解決・意思決定力強化の研修(KT法研修)の講師を務めるようになったからである。そのようなきっかけが生じたのも私の好奇心?のなせるわざであったかもしれない。
 1979年の春、私は産業能率大学から出ていた『管理者の判断力』という本を夢中になって読んでいた。
 同書に米国のシンクタンクに勤務していたケプナー氏とトリゴー氏のお二人が開発した論理的思考によって難問を効率的に開発する手法(ケプナー・トリゴー法=KT法)が紹介されており、この手法は素晴らしい、ぜひこの手法をもう少し深く学びたいと思った。 私なりに熟読したが、本を読んだだけでは使い方までは分からなかった。
 ソニーの本社で導入していることはまったく知らず、ケブナー・トリゴー日本支社に手紙を書いて、手法の公開コースがあったら参加させて欲しいとお願いをした。
 ところがなぜかまったく反応はなかった。中小企業は相手にしないということだったのかもしれない。どうしたものかと考えているうちに上司の鳥山さんが思いがけない事故で亡くなってしまった。鳥山さんがいなければ、このような研修を社内に導入するのは困難と考えてしばらく忘れていたら、ソニー本社から鳥山さんの後任社長ということで赴任して来た岩城 賢さんという方から、ある日、「君はKT法を知っているか?」と問われた。「本は読んでいます。大変効果的な問題解決の手法であると思っています」と話すと、「それは好都合だ。今、ソニー社内でそのKT法を導入しているが、肝心の講師が不足している。君はその手法の社内講師をやってみないか?」と言われる。
 岩城さんからこの話が出なかったら、鳥山さんのいなくなった桜電気は退社しようと思っていた矢先だったので、こんないい話はないと考え、渡りに船でソニー本社に異動して、KT法の社内講師を勤めるようになった。そして、その後、ソニーを退社してプロの研修講師の道を歩むことになった。
 岩城さんに確認してはいないが、「KT法を知っているか?」と問われた時に、私が「川喜田二郎さんのKJ法なら知っていますが、KT法はまったく知りません。KT法とは何ですか?」という答えをしたら、恐らくKT法の社内講師の話はなく、私のその後の運命は今とまったく違ったものになったと思う。

 好奇心は誰でも持っていると思うが、そこから何かを得ようと思ったら、好奇心から一歩踏み出す勇気と行動が必要である。
 相手がある場合、行動したからといって相手が必ず応じてくれると限らないが、そうかといって当方が行動しなければ結果がまったく出ないことは確かである。
 よく考えてみるとトヨタ自動車さんは私が変な野心を持っていなくて、ただ知りたい、学びたいという純粋な気持ちから申し出たので、相手も警戒することなく受け入れてくれたのだと思う。日本能率協会の畠山さんも同じだったかもしれない。
 物事はあまり身構えることなく率直に思いを打ち明けるのがよいと思う。
 KT法の講師になれたのは知りたい、学びたいという思いがあったから、思いがけない形で社内講師という形で実現したのだと思う。
 トヨタ自動車のカンバン方式の見学も日本能率協会のPACの話も、KT法の講師の話も一歩前に出るという行動があったからこそ願ったような結果が出たのではないかと思っている。
 行動に移したからといって失うものがあるかといえばそのようなものはそうそうなく、ダメ元精神で勇気を持って行動すると、世の中捨てたものでなく、自分の願っている方向に導いてくれる人がいるということを実感している。


posted by 今井繁之 at 13:37| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

「身の丈」発言に思う


萩生田光一・文部科学相が2019年10月24日、BSテレビ番組で語った「身の丈」発言が大事に発展した。その発言がきっかけで、2020年度実施される大学入学共通テストに新たに民間英語試験が導入され、これが受験生の間に「格差」が生じるという事実を多くの人の知るところとなった。
経済的に恵まれていない家庭ではその民間英語試験の受けられる回数は減るだろうし、試験会場から遠方に住む受験生は試験を受けづらいということである。
萩生田氏は「不公平はあるかもしれないが、自分の身の丈に合わせて頑張って欲しい」と述べたが、この「身の丈」という言葉が問題になり、2020年の大学入学共通テストに民間英語試験を導入するのは中止となった。
そもそも、「身の丈」にはどんな意味があるのか?
辞書を引くと、そこに①「せいの高さ。身長。背丈」②「無理をせず、力相応に対処すること。分相応」とあるが、萩生田氏は②の意味で使われたと思われる。
一般の方が「身の丈に合わせて・・・・」と言っても何ら差し支えないが、教育の機会均等を実現する立場の文部科学相が、経済的・地理的ハンディギャップを是認するこの発言はいかがなものかと思う。
萩生田氏の「身の丈」発言を聞いた、ある私立大学の学長が「うちの大学に限らず貧困層の学生の自己肯定感が低い。どうせ身の丈以上のことは期待されていないと思っている。教員はどうすれば才能を伸ばせるかと困っている。その身の丈意識を入試前から高校生に刷り込んだのが今度の発言です」と語っている。

萩生田氏は「不公平はあるかもしれない」と堂々と言ったが、これは絶対良くない。
不公平はイコール差別である。人間にとって一番辛いことは不当に差別されることである。差別する人はその痛みを感じないかと思うが、差別された人はその痛みをずっと覚えている。
私自身の体験だが、私の忘れられない差別は中学3年生の時の校内放送である。
昭和30年代の前半は昼間の高校に進学する者と中学を卒業して就職する者とは50:50であった。
 私は就職組であった。昼間の高校に進学する者には補習授業があった。校内放送で「進学組の皆さんには補修授業が○○教室と××教室で3時からあります。就職組の皆さんは帰っても結構です」と告げられた。
この放送内容のどこが差別なのかなと首を捻る人もいるかと思うが、当事者である就職組の生徒たちは自分達は勉強する必要はないというメッセージと受け止めた。
私自身、中学を卒業して就職することには何のこだわりはなかったが、この校内放送だけはいまだに忘れない。
以前、朝日新聞の「天声人語」の欄に、私と同じような境遇であった、大阪市立大学の学長である児玉隆夫氏が「中3では就職組で、自習の時間になると、御前たちは運動場で遊んでいなさいとよく言われて口惜しい思いをした」と述べていたので、どこでも同じ思いをした人がいたのだと思った。
恵まれた境遇で育った萩生田氏には分からないことだと思うが、自分の発言で心が傷ついた人がいることは分かっていただきたい。

萩生田氏の「身の丈に合わせて」という言葉を聞いて、この言葉を自分自身が若い頃、言われたことを思い出した。
私は「身の丈に合わせる」という言葉を16~17歳の多感な時期に聞かされた。
私は中学を卒業して働いていたマルヤス機械という会社で働くようになって満1年ぐらい経った頃、思うところがあって、通っていた定時制高校を卒業したら、大学に行こうと思った。何かと面倒を見てくれていたベテラン社員の小林さんに話すと、「お前は頭は悪くなさそうだからそれがいいかもしれない。でも大学といっても色々ある。自分の身の丈に合った大学を目指した方がいいよ」とアドバイスされた。
この時、私は「身の丈」という言葉を初めて聞いた。
小林さんの言った「身の丈」は私の手の届くところを受験しなさいということであったと思うが、私は小林さんのアドバイスをあまり真剣に受け止めず志望校を決めた。
 前後して、別の人からも「身の丈」発言があった。
この会社に働いている人の中に私の2年先輩で大学を受験しようと頑張っている林静夫さんという人がいた。「僕も林さんを見習って大学を受験しようと決意しました」と告げたところ、林さんは「繁之はどこの大学を受けるのだ?」と聞かれたので、「早稲田大学の商学部と明治大学の商学部を受けます」と答えた。「俺は中央大学の法学部を受けるが二部(夜間部)だ。繁之も二部(夜間部)を受けるのだろう?」と言うので「いや、どうせ行くのだったら昼間部に行こうと思っています」と答えると「それは無理だよ、身の丈に合った二部を受けた方がいいよ」と言われた。
林さんの言った「身の丈」は私の「学力」と「経済力」の両方を指している。私は「学力」については私立大学の文系であれば国語、社会、英語の3教科であり、努力次第で他の受験者に負けない力をつけることはできるだろうと思っていた。
「経済力」は親からの援助を期待できないが、東京に出ればアルバイト先はいくつもあるはずだ。生活費のことは合格して上京したところでゆっくり考えればよい、世の中きっと何とかなると実に能天気に考えていた。
私なりに懸命に勉強した。その結果、運がよかったと思うが、早稲田大学は落ちたものの明治大学は合格した。
「身の丈」に合わない選択をしたが、身の丈に甘んじることなく、少し背伸びして、それなりに努力した結果、合格することができたものと思われる。
先輩の林さんが心配してくれた「経済力」も奨学金と破格の条件で採用してくれた家庭教師先に巡り合うという僥倖のお陰で生活費に困るようなことはなかった。夏休み、年末年始休み、春休みのアルバイトで授業料を捻出することはできた。

私は萩生田氏の言う「身の丈に合わせる」のではなく、その逆ともいえる生き方をして来た。
私は大学受験だけでなく、大学卒業後の人生においても、「身の丈」にこだわらず、自分の努力次第で「身の丈」なんてどうにでもなると信じて生きて来た。そしてそれは正解であったと思っている。
すべての人が私のように幸運に恵まれることはないかもしれないが、現時点の身の丈だけで生き方を決める必要はない。努力次第で何とかなるものである。
お前はたまたま運が良かったのだと言われてしまうかもしれないが、私に限らず真面目に努力すれば多くの人は己の「身の丈」を上回るものを獲得することはできると思う。
 考えてみれば人生、「身の丈」に合わせているだけでは面白みがない。
 身の丈の反対語になるかもしれないが、「身の程知らず」とか「分不相応」とか「矩(のり)を超える」といった言葉があるが、時には身の程や分(ぶん)や矩(のり)を弁(わきま)えない試みをすることも必要だと思う。
 失敗することもあるかもしれないが成功することもある。
 萩生田氏の「身の丈発言」を余計なお節介だ、自分は身の丈に甘んじることなく、身の丈を超える努力をしようと奮起する人が多くなったとすれば、萩生田氏の発言も意味があったと思う。もちろん当人にはそんな考えはさらさらなかったと思うが・・・。
posted by 今井繁之 at 13:29| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする