2018年09月17日

つまらないものをつまるものにする


 今から相当前のことであるが、「ラ・マラゲーニャ」とか「硝子のジョニー」といった歌を声量豊かに歌い、紅白歌合戦にもしばしば登場したアイジョージさんという歌い手がいた。いつの間にか第一線から消えてしまったが、私はこの歌い手が大変好きだった。若い時に読んだこの人の自叙伝ともいうべき本の中に次のような記述があった。
 「今、これをやらなければならないのだったら楽しくやろう。これはつまらないと思ったらますますつまらないものになる。自分の気持ち次第でつまらないものもつまるものになる」
 アイジョージさんは子供の頃、大変ご苦労されて、歌手になるまで様々な仕事に従事したという。時には自分は何でこんな汚れた仕事をしなければならないのかと我が身の不遇を嘆いたこともあったというが、前述のようなことを己に言い聞かせて仕事に前向きに取り組んでいたところ「あいつは見所のある男だ」ということで歌手の道が拓けたという。 
 アイジョージさんのことは忘れてもこの「今、これをやらなければならないのだったら楽しくやろう」という教えはいつまでも私の心に残っており、私は今日までこの言葉を自分に言い聞かせて歩んできた。
 つまらないと思って仕事をしても誰もつまるものにしてくれるわけではない。つまらないと思って嫌々仕事をしていたら周りの人だって不愉快な思いをする。ところが人が嫌がる仕事を本人が嫌な素振りもみせずむしろ嬉嬉として取り組んでいたら周りの雰囲気を明るいものにして、その仕事を指示した人をほっとさせる。

 私がソニーの子会社である桜電気に入社してしばらく経った頃の話であるが、総務部員である私のところに女子社員が来て「水洗トイレの水が流れないで使い物にならないからなんとかして下さい」と言う。「何で詰まったの?」と聞くと「そんなの分からないわよ。使えるようにするのは総務の仕事でしょう!」と怒って言う。そう言われれば施設の管理は私共総務部の仕事である。
 私は水洗トイレがどのような構造になっているかは分からない。水が流れないのは何かが詰まっているせいであるというのは常識的に分かるが、それをどうやって開通させるかについてのノウハウは持っていない。外部にお願いするといってもすぐに来てくれないし、お願いすれば手間賃をお支払いしなければならない。総務部長の伊藤さんの顔を見ると、(今井君、君がやりなさい)という表情をしている。
 仕方がないということで赤沢君という同僚を誘って女子トイレに急行した。詰まったのだから少し突っ突けば開通すると思って針金を持ってきて突っ突くがどういう訳かなかなか開通しない。トイレだから当然ながら臭い。トイレの利用客である女子社員が来て「なにやっているの?。早いところ何とかしてよ!」と督促を受けたり、「総務は何でもやらなければならないから大変ねぇ」と同情を受けたりした。中には私たちの格好を見て嘲笑する失礼な人間もいる。
 いくら突っ突いてもなかなか開通せず、時間ばかり経過する。作業に着手したのが午後一時過ぎ、一時間たっても埒があかない。少し休憩しようと言って一服しながら、(俺はトイレの修復の仕事をするためにこの会社に入ったわけではない。何でこんな臭い仕事をしなければならないんだ。誰か他の人がやるべきではないか)と考えた。
 同僚の赤沢君も同じ思いであったに違いない。しかし、この作業を代行してくれる人は誰もいない。
 この時、冒頭のアイジョージさんの「つまらないと思ったらますますつまらなくなる」という言葉を思い出した。気を取り直して、赤沢君に「トイレの詰まった原因は何だと思う。俺は誰かが○○○を流したせいだと思う。どんな○○○が出てくるか想像しながらやってみよう。それと無事開通したら部長に『こんなトイレの匂いの染み付いた体では皆さんにご迷惑を掛けるから銭湯に行かせて下さい』とお願いしよう。銭湯から上がったら冷えたビールでもぐいと飲もう。そのくらい大目に見てくれるだろう」と話した。
 赤沢君も同意してあれこれと想像しながら、そして仕事が終わった後の楽しみを話し合いながら作業を進めた。
 苦労の甲斐があってそれからしばらくして無事開通した。想像した通りの○○○が出てきた。伊藤さんに話して、就業時間中にもかかわらず近くの銭湯に行き、汗を流し、冷えたビールを飲んでから会社に戻った。
 後で、伊藤さんから「君達には内心すまないなぁと思っていたが、君達が嫌がらずに楽しそうにやっていたので私は気が楽になったよ」と言われた。
 この時、こんな仕事を何でやらなければならないんだと嫌々やっていたら周りの人だって嫌な思いをしたかと思う。
 このトイレの開通作業の体験はいつまでも私の脳裏に残っていて、その後、色々な仕事をしたが自分の意に添わない仕事であっても、「今、これをやらなければならないのだったら楽しくやろう」と言い聞かせてやるようになったので、つまらないという思いで仕事をすることは少なかった。

 職業人人生で、自分の願ったような仕事にいつも就けるとは限らない。むしろ意に沿わない仕事に就く確率のほうが高いかと思う。意に沿わない仕事だからといって不貞腐れて仕事をしていたら周りの人を不愉快にしてマイナスの評価を受けるだけである。
 たとえ自分が希望した仕事でなくとも、指示された仕事との巡り合いは運命ととらえてどうしたらこの仕事をうまくできるか、工夫する余地はないかと考えていけば仕事は面白くなるし、楽しくなる。そうでないとますますつまらないものになり、仕事から得るものは少ない。
 「若い時の苦労は買ってでもしろ」と言われたことがあるが、まさしく苦労は決してムダにはならない。しかし、その苦労も不満タラタラで取り組んでいたら身にはつかない。 一見つまらない仕事だって真剣かつ楽しそうにやっていれば、どこかで誰かが見ているものである。
 「つまらないと思うのも自分、つまらないと思うものをつまるものにするのも自分、どうせやらなければならないんだったら楽しくやろう」という心掛けで仕事に取り組めば、つまらない仕事だってつまるものになり、そのうちにやりがいのある重要な仕事が回ってくるということを私は実感している。
                       
posted by 今井繁之 at 13:48| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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