2021年03月12日

全盲の研究者 浅川智恵子さんのこと

 
 全盲というハンディを背負いながら米IBMでフェローという技術職として最高の処遇を受けている浅川智恵子さんの存在については別のコラム「視覚障碍者の事故はなくなって欲しい」にも書いたが十分な説明になっていなかったので、詳細を記します。
浅川さんは、アルプスアルパイン、オムロン、清水建設、三菱自動車の研究者の皆さんと一緒に2020年2月6日、記者会見を開き、視覚障がい者の支援技術開発などを目的に掲げる「次世代移動支援技術開発コンソーシアム」の設立を発表した。
そこで、浅川さんの開発したスーツケース型誘導ロボット{CaBot}の研究成果をペースに、視覚障がい者の移動を支援するAI(人工知能)スーツケースの開発を進め、2022年までに実現を目指すと宣言した。
浅川さんはAIスーツケースの開発が持つ意義について「歴史をひもとくと目が見えない、耳が聞こえないというニーズは大きなイノベーションを引き起こして来た。電話はグラハム・ベルの家族に視覚障がい者がいたから発明された。またPCのキーボードは手を動かすことが困難な障がい者を支援する目的で開発されたという。同じように、AIスーツケースの開発から様々な応用技術が生まれることを願っている」と強調した。

浅川さんが米IBMで技術職の最高職位である「フェロー」に選ばれたのは、2009年6月であった。IBM社員は全世界に約40万人いるが、「フェロー」に選ばれるのは100人に満たないそうである。
浅川さんがフェローに選ばれた理由は、全盲にも関わらず、視覚障がい者が情報にアクセスするための技術開発に取り組んできた功績が評価されたものである。
フェローに選ばれた時、浅川さんは次のように語っている。
「光栄でした。それまで取り組んできた研究が認められた。頑張ってよかったなぁと思いました。同時にフェローという立場を与えられ、インパクトのある研究ができると思うと嬉しかった。(中略)
私の専門は情報アクセシビリティ―です。私は健常者だけでなく、障がい者や高齢者などすべての人が、パソコンなどの情報通信機器を使って情報を集め、利用するための技術を開発しています。人間は情報の80%を視覚から得ているといわれます。健常者には当たり前のように入って来る情報が視覚障がい者には伝わりません。パソコンのスイッチを入れて画面を立ち上げ、インターネットを使って買い物をする。普通の人には何でもないことかもしれません。でも、それが目でしか確認できないなら、視覚障がい者には何もないのと同じです。障がいを持つ人も多様な方法で情報にアクセスし、それを使って自由に活躍できる、そんな社会を目指します」
(情報アクセシビリティ―=高齢者、障がい者をはじめ、あらゆるユーザーがパソコンやWebページなどの情報資源を不自由なく利用できるようにすること)

浅川さんは小学校5年生の夏、プールで泳いでいて、ターンしようとしてプールの壁に顔をぶつけた。
最初はちょっと目の下が青くなったくらいだったが、だんだんと目が見えなくなり、大学病院で手術を受けたものの、若年性緑内障と言われ、そこから失明した。
その時、浅川さんは目が見えないことを受け入れ、自分にしかできないことを探して行こうと決心した。大変ご苦労したようだが、大学の英文科に進学した。しかし英語ができるだけでは世の中は渡っていけないと考えて、大学卒業後、2年生の職業訓練校に入学、そこでコンピュータに出会い、浅川さんなりの様々な工夫をしながらコンピュータの理解を深めたということである。
1984年、日本IBMが募集していた学生研究員に応募して採用された。翌年、面接試験を受けて正規の研究員として採用された。全盲の浅川さんを採用した日本IBMも懐の深い会社だと思う。
入社して間もなく結婚し、二人の娘さんが誕生、仕事と育児を立派に両立させたというから、これもまた凄い。
浅川さんは視覚障がい者という自分だからできる、自分にしかできないことに取り組んで来たという。
途中で、さらにより一層の踏み込んだ研究が必要になった時、今度は東京大学工学系研究科に入学、先端学際工学を学んだ。娘さんは小学生と中学生であったというが、ご主人の協力もあったと思うものの、このチャレンジ精神には敬服するしかない。

浅川さんの苦闘ぶりは、日本経済新聞の「人間発見」の欄で「情報つなぐ全盲の研究者」というタイトルで5回に渡って紹介されており、その欄で、浅川さんは、「結果はどうあれ、一度始めたことは最後までやる。これは私の生き方です。目が見えない人間の選択肢は限られています。少ない選択肢から選んだものをあきらめたら他にやれることはない。健常者なら次を探せるでしょうけれど、私達には簡単じゃないのです。決める時は真剣に考え、選んだからにはやり抜く。それと2つ選択肢があったら難しい方にチャレンジする。こうしてやってきました」と述べている。

科学技術の社会に対する役割と未来の可能性を考え、いっしょに語り合うミュージアムとして日本科学未来館があるが、これまで元宇宙飛行士の毛利衛氏が館長を務めていたが、2021年4月から浅川さんが毛利さんの後任になるということである。

浅川さんは就任に当たって次の様な抱負を語っている。

毛利衛館長の後任として、日本科学未来館の運営を担うことになりました。
日本科学未来館は、2001年に東京お台場に開館して以来、東日本大震災など、いくつもの困難な局面のあった中、着実に発展を遂げ、今や世界的にも名前を知られる存在となっています。
私が館長として取り組みたいと考えていることが、2つあります。
第一に、「誰一人取り残さない社会」の実現に、科学技術を通して貢献することです。
2030年はSDGs達成の目標年です。SDGsの重要な目標は、「誰一人取り残さない、ダイバーシティ(多様性)を大切にするインクルーシブな社会の実現」です。私自身、女性でかつ視覚に障がいを持つというダイバーシティを自分の強みに変え、これまでアクセシビリテイの研究開発に取り組んで来ました。これにより、微力ながらこうした価値観を日本だけでなく、世界の方々にご理解いただくきっかけ作りに寄与できたのでは、と感じています。    
未来館の館長として、これまでの研究をさらに発展させ、館内において新たに研究室を設置し研究を展開することで、女性や障がいを持つ方々、そしてあらゆる年齢層の方々にとって来館しやすい環境づくりに尽力していきます。
第二に,Society5.0が進展する中で、未来館自身をその実験場とすることです。2030年に向け、AIの技術が交通や住宅などの身近なものと融合し、社会のデジタル化はますます進化するでしょう。これまで世界のテクノロジーをリードするIT企業で最前線の研究活動に従事しており、特にこの6年間は多国籍なメンバーと共に海外を拠点として研究を推進してきました。こうした経験をベースに、未来館が、インクルーシブな未来社会をいち早く体験し、社会に実装する道筋を皆様と共に構想する場になれるよう、点示情報発信などのさまざまな活動に、全力で取り組んでいきたいと思います。
新しい未来館にぜひご期待ください。

浅川さんのような素晴らしい日本人がいることに喜びと共に誇りを感じるのは私だけではないと思う。特に障がいを持つ人に希望と勇気を与えていることは間違いない。
浅川さんの夢が現実のものになることを願わざるを得ない。


インクルーシブ=障害のある者と障がいのない者が共に学ぶ仕組み、仲間外れにしない、みんなと一緒に遊ぶ

Society5.0=AIやロボットの力を借りて、我々人間がより快適に活力に満ちた生活を送ることのできる社会


posted by 今井繁之 at 16:57| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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