2020年09月16日

言葉は使いよう


物は使い方ひとつで、役に立ったり、立たなかったりすることがある。それを「物は使いよう」と言うが、似たようなことであるが、言葉も使い方次第で、相手を喜ばせたり、不快にさせたりすることがあるので、私は「言葉は使いよう」ともいえるのではないかと思う。
「言葉は使いよう」の一例をあげると、テレビ朝日に「じゅん散歩」という番組があるが、この番組は俳優の高田純次さんが、色々なところに出かけて、そこでお会いした人と楽しいおしゃべりをするというものだが、高田さんはお会いする女性に年齢を問わず、「お嬢さん」とか「女子大生」とか言って近寄る。そう呼ばれた女性、それも相当なご年配の女性もいるが、その言葉にほとんどの方は怒らない。高田さんが調子のいいことを言う人であることを皆さん承知しているからだとも思うが、怒るどころか、むしろ嬉しそうな表情を浮かべて近寄って来て握手を求める。厳密にいえば高田さんは嘘をついていると言えるが、そのことで誰かにご迷惑をかけているわけではないから、目くじらを立てる必要はない。
少し前であるが、サザンオールスターズのリーダーの桑田佳祐さんが作詞・作曲した「C調言葉にご用心」という唄があったが、「C調」というのは、調子がいい→調C→C調と変化したものだということだが、人に迷惑をかけていなければC調も悪くないと思う。
世の中には嘘をついているのか、巧みな言葉遣いをしているのか、その境界線を引くのは難しい場合もあるが、周りの人にご迷惑をかけていなければ、高田さんのようなC調な言葉遣いは許されるかと思う。

高田さんには敵わないが、私自身がC調といえばC調な対応をしたことがある。数年前、私が中学生生活の大部分を過ごした長崎市の西浦上中学校の同級会に参加した時の話である。その時は中学校を卒業してほぼ50年近くが過ぎており、私にとっては久しぶりの同級会であった。  50年も過ぎると、この人は一体誰であったか分からず、名乗りがあってようやく分る同級生が多かった。私が男性のせいということもあるが、女性は特に分からない。
 一人の女性が親しく近寄って来た。Aさんという女性ではないかという気がした。Aさんはクラスのマドンナ的な存在であり、中学生の時の面影は十分残っている。彼女が「私はAです。今井さんは若い時と全然変わらないわね。私はすぐ分かりました」と嬉しいことを言ってくれる。
 私は「それはどうもありがとう」とお礼を言った。すると、彼女は「私も昔と変わらないでしょう」と言う。すぐ、「うん、そうだね」と言わなければいけないと思ったが、「昔と変わらない」と即座に言うのは苦しかったが、でも思い切って「Aさんも昔と変わらないよ。すぐ分かったよ」と言ったら、彼女は「皆さんにそう言われるのよ」と大変嬉しそうな表情を浮かべて言う。
 厳密にいえば結構な変貌を遂げているが、あえてそれを言う必要はなく、本人が昔と変わらないと思い込んでいるのだから、誰かに迷惑をかけるわけではないから、このような言葉の使いようは気の利いた対応ということで許されるのではないかと思う。

 もう一つ、多少ニュアンスは異なるが、気の利いたというか、巧みな言葉遣いで相手を傷つけない人の例を紹介する。
 皆さんの中には、一度はお会いしたものの、しばらくご無沙汰していたので、再度お会いした時に相手のお名前が出てこなくて困ったということがあるかと思う。
 そのような時、「あなたはどこのどなたでしたか?」とストレートに聞くのはいささか失礼になる。
 でもそのような時、巧みな言葉遣いで相手の名前を聞き出す人の話を聞いたことがある。その方は元総理大臣をされていた故田中角栄さん(以下角栄さんと略す)である。
 角栄さんは人の名前とプロフィールを頭に入れることにかけては定評のある人だったが、その角栄さんといえども面会者の名前がどうしても思い出せない時があった。そのような時、角栄さんは慌てず、騒がず、相手に「君、名前は?」と聞く。聞かれた相手が「鈴木です」と名乗ると「 鈴木は知っとるよ。下の方の名前だ!」と怒ったような調子で言う。
 すると「失礼しました。鈴木一郎です」と相手が言うと、「ああ、そうだった。鈴木一郎君だ。久しぶりだなぁ」と言って握手を求めたということである。
 このやりとりだと、相手は自分の名前(姓)は覚えていてくれたと思って満足する。角栄さんは嘘をついたかといえば、厳密にいえば嘘をついているが、相手には気付かれていないし、相手を傷つけたわけではないから、気の利いた言葉遣いということで許されることだと思う。

 調子のいい、C調なのは決して褒められることではないかもしれないが、相手を傷つけるとか、不快にさせるということがなく、人間関係をよくするのであれば、ここで紹介したような言葉の使いようは気が利いているということで許されると思う。


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心をつかむ

 

 私が研修講師を生業としているから、より気にするのかもしれないが、一番神経を使うのは冒頭の話である。     
 人様にお話をする上で、相手に合った話をしなければならないのは当然としても、相手の心を引きつけるには最初の話題が肝心であると言われる。最初の話題の中に相手の琴線に触れる言葉があると、相手を自分の土俵に乗せることができる。俗にいう「つかみ」である。相手の心をつかむことである。
 ホンダの関係者に聞いた話であるが、創業者である故本田宗一郎さんは社長を退いた後、講演を頼まれることが多く、快く引き受けたという。
 その本田さんは講演が始まる前に、秘書役の吉田さんに会場の偵察を命じたという。客層を調べさせ、男女どちらが多いか、年齢、格好、職業などをそれとなく探らせる。 
さらに吉田さんは場内を回って本田さんに何を聞きたいか、何を期待しているかを聞いてきて、それを本田さんに報告したという。それをもとに本田さんは「つかみ」を考えた。「つかみ」はイコール講演の最初の話題である。「つかみ」が聴衆の心をとらえれば、聴衆は本田さんのペースにはまり、盛り上がるという計算である。
 本田さんは破天荒な人であったが、この辺の計算はしたたかであった。もっとも話に熱が入ってくると脱線してしまい、最後まで脱線状態で終わってしまうこともしばしばあったが、話の面白さに聴衆は文句を言わなかったということである。

 本田さんと違って、漫才をお仕事にされていた人だから相手の心をつかむのが上手なのは当然だと言われるかもしれないが、最初の挨拶の一言で聴衆の心を見事につかんだ内海桂子さんの話がある。                               
残念なことに内海桂子さんはつい先日、齢97歳でこの世を去られて黄泉の世界に行かれたが、この内海さんはもう相当以前のことであるが、ある刑務所から受刑者向けにお話をしてほしいとの依頼があった。その依頼を快く引き受けて、依頼先の刑務所にお伺いした時の話だが、壇上に上がった内海さんは話を始める前に、まず、そこに集められた人達の顔を後ろのほうから前のほうへとざっと見渡した。その会場にいた人達は男性の受刑者のみであった。年齢的に30代の後半から50近くではないかと思われる中高年齢者が多いように感じられた。       
内海さんは第一声を発する前に一瞬考えたという。                 
(この人達は自分を見て、誰を連想するか。恋人か?奥さんか?、いや、このしわくちゃの婆さんである私を見て恋人や奥さんを連想しないだろう。私はこの人達の母親と同じ年齢だろう。この人達は私を見て自分の母親を連想しているのではないか。この人達が一番会いたがっているのは母親ではないだろうか。私を見て自分の母親は元気にしているだろうか、母親に申し訳ないことをした、謝りたい、許しを乞いたいという思いで私を見ているのではないだろうか)と。                           
内海さんは集まった人達の自分への思いはそれに違いないと思ったところで、受刑者の皆さんの顔をしっかり見て、ひとこと言った。「おっかさんだよ(お母さんだよ)」と。 
内海さんの心の中には、私はあなた方のお母さんの代わりに来たんだよという気持ちがあり、それが「おっかさんだよ」という言葉になったということである。そして、その後、用意してきた話を始めようとしたがそれができなくなってしまったという。何故か。それはこの「おっかさんだよ」という言葉を聞いた受刑者の数人がすすり泣きを始めて、それが会場中に伝幡して、男泣きする人が出た。泣きは止まらず、話ができるような状態ではなくなった。しばらく休憩して、その泣き声が止んでから話し始めると、皆さんは内海さんの話を食い入るようにして聞いてくれたという。
 この「おっかさんだよ」というひとことは完全に目の前の相手の心をつかんだということである。
 本田さんや内海さんのように相手はどんな人か、相手は何を期待しているかを見抜いて、相手の心をつかむ話から話し始めれば必ずこちらに相手の心を引き寄せることができるというものである。

 最初のひとことで相手の心をつかむのは講演者だけに必要なものではない。
 よく見掛ける風景だが、商店街なんかを歩いていると威勢のよい声でお客様を自分のところに呼び込もうと努力している人がいる。
 内海さんのような相手の琴線に触れるような言葉で呼び込みがあると足を止めようということになるが、ただ大きな声だけではノイズということで無視される。目の前にいる人にどのような思い(潜在的ニーズ)があるかを事前に探って、最初にその思いに合うような呼び掛けをすると相手を自分の方に引きつけることができるはずである。                                      
相手の心をつかむ呼び掛けで抜群の売上成績を挙げている若者の話を友人から聞いたことがある。その若者、A君とするが、彼は甲子園球場で飲み物やつまみ等を販売しているが、同僚の売子の倍以上の売り上げ数字を挙げているという。             
A君は他の売子とまったく同じ商品を持参して、左右を見ながら、大きな声で商品名を挙げて、購入を呼び掛けている。特に変わったパフォーマンスをしているわけではない。 
A君は特別ハンサムではなく、ごくごく普通の顔つきの若者である。         
「なぜA君だけがこんなに売上がよいのか?」と不思議に思ったマネジャーはA君の行動を注意深く観察した。その結果、他の人達との違いに気が付いたという。他の人達は通路を歩きながら「ビールいかがですか」と呼び掛けている。A君も他の人達同様に通路を歩きながら呼び掛けをしているが、彼の呼び掛けは「冷たいビールいかがですか」であった。彼は『冷たい』という言葉をひとこと頭に付けているという。    どうせビールを飲むならよく冷えているビールを飲みたいという思いがお客様にあると考えて、彼の判断で「冷たい」という言葉を付け加えたということである。
 お客さんは彼が「冷たいビールいかがですか」と言うので、彼は冷蔵庫から出したばかりのビールを持参していると錯覚して、「おい、こちらに冷たいビールくれ」ということになる。他の売子達は「ビールいかがですか」しか言わないので、お客様はこの子達はそれほど冷えていないビールを持参しているのではないかと勘違いしているようである。 
    
頭は使いようである。声を限りに大声を出してアピールするのも決してダメというわけではないが、ちょっと考えて、相手にはどんな思いがあるのか、その思いに合った言葉で呼び掛ければ、相手の心をつかむことができるというものである。
 私自身が果たして、相手の心をつかんでいるか、あまり自信はないが、それでも、相手がどのような人達なのか、どのような思いがあるかを意識して、冒頭の挨拶をするようにしているつもりである。
 はたしてどうであるか、いつか忌憚のない意見を聞いてみたいと思っている。    
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2020年07月27日

ブックカバーチャレンジに 掲載 


 自分の好きな作家の作品をフェイスブックを通じて、自分の知り合いに紹介するというブックカバーチャレンジという企画があり、私の友人の佐賀県在住の黒岩春地さんから今井さんもぜひ登場して欲しいと言われ、私の好きな作家の本を6月から7月にかけて7回に渡って紹介させてもらいました。
 フェイスブックを通じて、それをお読みになった人もいるかと思いますが、そうでない人も多いだろうと考えて、少し長文になりますが、7回に分けて記述した内容を以下に紹介させていただきます。

 第1回目
 私は中学生時代の恩師の山口正三先生から「繁之(私のこと)よ、金持ちになりなさい。それも心の金持ちになりなさい。それには読書が一番だ」と言われて以来、その教えを守って読書に励んで来ました。
 恩師から勧められたということもありますが、私はそもそも本を読むのが好きでした。
 なぜ本を読むかというと、第一の理由は本を読むことによって新しい知識が得られるからです。知らなかったことを知ることができるからです。
 第二の理由は面白いからです。むしろこれが第一の理由かもしれません.ドキドキする、
ワクワクする、時間の経つのを忘れて熱中して、何度降りるべき駅を忘れて乗り越してしまったか分かりません。
 第三の理由は世界が広がるからです。一人の人間が一生に経験できることは高が知れています。しかし、本を読むことによって沢山のことが経験できます。過去にも未来にも行けます。
 その本好きの私が第1回目に紹介するのは私が最も敬愛する映画俳優故高倉健さん(以下健さんと略させていただきます)が書かれたエッセイ『旅の途中で』(新潮文庫)です。
 健さんは若い時、映画監督の内田吐夢さんから「時間があったら活字(本)を読め。活字を読まないと顔が成長しない。顔を見れば、そいつが活字を読んでいるかどうかが分かる」と言われたそうです。健さんは内田監督の言いつけを守って本を読んでいたので徐々に味のある顔に変貌したものだと思います。
 健さんは私達日本人だけでなく中国大陸の人達からも敬愛されていましたが、それは読書によって人の気持ちがよく理解できるような心豊かな人間になったからだと思います。
 エッセイ『旅の途中で』はどこから読んでも結構です。あちらこちらに味わい深い文章が綴られています。次に記す文章が私の心に残っています。
 凍てつく風雪の中で
 木も草も枯れ果てているのに松だけは青々と生きている。
 一生のうち、どんな厳しい中にあっても、
 自分はこの松のように、
 青々と、
 そして活き活きと人を愛し、信じ、触れ合い、
 楽しませるようにありたい。
 

第2回目
 第2回目に紹介する本は中嶋 敦さんの『山月記・李陵』(岩波文庫)です。
『山月記』は発狂して虎になり、山中で友人を襲おうとした人間を描いた作品で、今はどうか分かりませんが、私は中学3年生の時、国語の授業で習った覚えがあります。
 『山月記』の冒頭の「隴西の李徴は博学才頴,天宝の末年、若くして名を虎膀に連ね、ついで江南慰に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ、すこぶる厚く、賤吏に甘んじることを潔しとしなかった」という文章は暗記するほど読みました。
 私は李徴のように博学才頴ではないが、それでも自分に他の人より優れたところがあったとしても、それを自慢したり、他の人を小馬鹿にするようなことは決してしてはならない、そうでないと虎になるかもしれないと自分を戒めて来ました。
 『山月記』と共にある『李陵』は中国の漢の時代の話であり、武人である李陵とその友人である歴史家の司馬遷と李陵のライバルともいうべき蘇武という3人の男の生き様を描いた作品です。苦境に陥った人間がどう生きるべきかを教えてくれる作品です。
 司馬遷が皇帝の怒りを買って処罰を受けた時、司馬遷が己に言い聞かせた『自ら顧みてやましくなければ、そのやましくない行為が、どのような結果を来たそうとも、士たる者はそれを甘受しなければならない』と言葉がありますが、私はサラリーマン時代、この言葉を
自分に言い聞かせて生きて来ました。
 『山月記』も『李陵』も多少難解な部分もありますが、学ぶところが多い読み物です。
 私はこの本を人生の節目、節目で読んできており、私がまっとうな歩みをして来れたのはこの本のお陰だと思っています。


第3回目
 第3回目に紹介する本は柚月裕子さんの『検事の本懐』(角川文庫)です。
この本を執筆された柚月裕子さんは今から10数年前に文壇?にデビューされた作家ですが、次々と傑作を書いています。
 私はそれら作品の中でもデビューした初期の頃に出された、若手検事佐方貞人氏が活躍する『検事の本懐』と『検事の死命』が特に優れた作品であると勝手に思っています。
 『検事の本懐』と『検事の死命』は相互に密接なつながりがありますので、購入される方には2冊の購入をお勧めします。
 『検事の本懐』は五話の中編から成っており、『検事の死命』は四話から成っています。どれから読んでも差し支えないですが、でも『検事の本懐』の第3話の「恩を返す」をまず読んで、次いで『検事の本懐』の第5話の「本懐を知る」を読み、次に『検事の死命』の第2話の「業をおろす」の順で読まれることをお勧めします。
 柚月裕子さんは女性でありながらなんて言い方をすると女性蔑視の謗りを受けるが、実に骨太の作品、それも正しいものは必ず救われるという正義派の作品を書く作家です。
 私は親しくしている友人に「『検事の本懐』と『検事の死命』は絶対、損はしない本です」と言って紹介しましたが、皆さん全員「この本は素晴らしい。完全に柚月裕子ファンになりました」と言われます。
 『検事の本懐』の「恩を返す」の中にある主人公の佐方検事がつぶやく「借りは返せても恩は返せない」という言葉は、恩を蒙ったのにその恩返しをしていない、また恩返しをするべきだったのに相手が故人となってもう恩返しができなくなった私には、正しくその通りだと実感しています。
 最近は検事のことがあれこれ話題になっていますが、ぜひ多くの人に本書を読んでいただき、検事の本来あるべき姿を理解していただけたらと思っています。


第4回目
 第4回目に紹介する本は城山三郎さんの『落日燃ゆ』(新潮文庫)です。
第二次世界大戦(太平洋戦争)で日本国は破れ、戦後、この戦争を引き起こした政治家や軍人が戦犯として処刑されましたが、文官としてただ一人、絞首刑に処せられた人に広田弘毅さんがいます。広田さんが戦争に積極的に関与したかというと、その反対で戦争の拡大の防止に努めた人でした。
 広田さんの信条は「己を計らわず」ということで、天皇陛下に責任が及ぶことを避けようとして、一切の言い訳をせず絞首刑という判決を受け入れました。東京裁判の検事団の一人であるキーナン首席検事でさえ、この判決はおかしいと言ったぐらいです。
 城山さんは怒りを込めて、この『落日燃ゆ』という作品を1974年(昭和49年)に書いて、世に問うています。
 広田さんの奥様は自分の父親が右翼?の玄洋社の幹部であったことが夫の判決に影響を与えたのではないかと考え、夫が絞首刑に処せられる前に自裁しています。
 私は研修講師をする前に勤めていたソニーの子会社である桜電気の社長の鳥山さんに、「この本は素晴らしい本です」と言ってプレゼントしました。鳥山さんは陸軍士官学校出身の職業軍人でした。鳥山さんは読み終えた後で、「この本はなかなかいい。女房にも読ませたい」と言われて、本当に奥様に読むように勧めたということです。後日、鳥山さんから「女房が『感動した。このような本を勧めてくれた今井さんはなかなかの人ですね。褒めてやってください』と言われたぞ」ということで、この本のお陰で私は面目を施した覚えがあります。


第5回目
 第5回目に紹介するのは藤沢周平さんの『又蔵の火』(文春文庫)です。
 藤沢さんは沢山の時代小説を書いており、『蝉しぐれ』、『三屋清左衛門残日録』、『海鳴り』等、どれをとっても素晴らしい作品です。
 今回紹介する『又蔵の火』は中編5話から成る作品で、藤沢さんが作家として認められて来た初期の作品です。
 『又蔵の火』は家の面汚しと言われて死んだ兄の仇を討つために郷里に帰って来て、兄の無念を晴らし、最後に命を落とすという作品で、決して明るくない、どちらかと言えば暗い作品です。
 この『又蔵の火』の2話目に「帰郷」という作品があります。『又蔵の火』も素晴らしいが、この「帰郷」という作品もそれ以上に素晴らしいという評価を得た作品です。
 この作品は最近、仲代達矢さん主演で映画化され、時代劇専門チャンネルで放送されました。自分の命はもう少しという老いたヤクザに扮した仲代達矢さんが故郷の木曽福島に帰って、自分の娘の苦難を救って、引き留める娘を振り切って旅に出るという物語です。
 藤沢さんの作品は人肌のぬくもりがあると言われます。作品には私達の心にひたひたと食い込んでくるものがあります。
 現代のように経済至上主義の強い者はより強く、弱い者はさらにいじめる政治がまかり通っている時代にあって、藤沢さんの作品は一服の清涼剤の役目を果たしています。
 私が無人島に流されて読みたい本を持って行ってもよいと言われたら、迷わず藤沢さんの本を持って行きます。どの作品も当たりはずれのないのが藤沢さんの作品です。


第6回目
 第6回目に紹介する本は水上 勉さんの『飢餓海峡』(新潮文庫)です。
 先日、NHKBS3で三国連太郎さん主演の映画「飢餓海峡」が放映されたので、ご覧になった方がおられるかもしれませんが、水上さんが原作の飢餓海峡を世に出したのは57年前の1963年(昭和38年)でした。
 この作品は昭和29年に台風の襲来で青函連絡船が遭難して500名を超す死者を出したという事故が実際にありましたが、水上さんはその事故をモチーフにしてこの作品を書き上げました。殺人を犯して大金を奪った男がその後、奪ったお金を元手に事業を興し成功する。ところが、その男が慈善事業にお金を出した関係で顔写真が新聞に載ってしまう。その記事をかつてその殺人犯の男に大金をいただいたお陰で娼婦の身から抜け出すことができた女性が読み、そのお礼を言いたくて実業家になった男を訪ねる。ところが、男は女性がお金の無心に来たものと勘違いしてしまい、その女性の命を奪ってしまうという皮肉なめぐりあわせの物語です。
 水上さんの作品には弱い者、貧しい者、不遇な人に対する思いやりの気持ちが随所にありますが、これは水上さんが幼いころから苦労し、社会の底辺を見て来たからだと思います。
 水上さんは作家として実質的にデビューしたのは40代の半ばであり、ご本人によれば、それまでの人生で様々な職業を体験して、それも挫折の連続であったそうです。
 そのような人生を通じて学んだことを記した水上さんのエッセイ集「働くことと生きること」(集英社文庫)があります。そこには職業人である私たちにとって教訓となる話がいっぱいあります。
 その一つに「天職とは最初からあるものではなく、働きながら育った人格があとから見出すもの。心のありよう次第のもの」とあります。腕のよい大工だった父親が生業として棺桶を丁寧に作って人を送った話などが語られています。
 このエッセイもぜひ読んでいただきたいと思っています。


 第7回目
 第7回目に紹介する本は吉村 昭さんの『漂流』です。
 吉村さんは『戦艦武蔵』、『高熱墜道』、『破獄』等といった数多くの著作があり、徹底的な取材をして、事実を丹念に調べ、得られた事実を単に並べるのではなく、血の通った人間ドラマに仕立て上げた作家です。
 吉村さんのどの作品を紹介してもよいのですが、私の一押しは『漂流』です。この作品は
実際にあった話で、江戸時代、土佐を出て江戸に向かう途中でしけに遭い、黒潮に乗って八丈島よりさらに相当先の海の火山島に漂着します。そこは水も食料も何もないという最悪の無人島ですが、ここで12年間の苦闘の末、自力で船を作って帰還した漁民の話です。
 「意志あるところに道あり」という言葉がありますが、何としても成功させるのだという強い意志を持って頑張れば何とかなるかもしれないという希望を持たせてくれる本です。
 誰も助けに来てくれない、もう駄目だと泣き言を言う仲間に、「愚痴を言って何か良くなるのであればいくらでも愚痴を言えばいい。しかし、愚痴を言っても何もならないのなら愚痴を言うのは止めよう」と仲間を戒めるリーダー格の長平の言葉に私は胸を打たれました。
 私もこれまでの人生で不遇な思いをする時期もありましたが、それを恨んだところでどうにもなるものではない、「「禍福はあざなえる縄の如し」と自分に言い聞かせて生きて来たので、長平の仲間を戒める言葉に同感しました。
 作家になる方は想像力が豊かだから作家になれるのだろうと思いますが、『漂流』に限らず、吉村さんの作品はご自身がほとんどというか、まったく体験していないのにどうしてここまで克明に書けるのか、ただただ感動する作品ばかりです。
 吉村さんの作品はどれをとっても教えられることが非常に多いので、ぜひ多くの人に読んでいただきたいと思います。

番外編の追記
 本は素晴らしいです。特に紙の本は素晴らしいです。ぜひ多くの人に読んで欲しいです。
 街の本屋さんがどんどん姿を消しています。大阪の谷町にある隆祥館書店はわずか13坪の書店ですが、本の文化は絶やしたくない、大手書店に負けてなるものかと店主の二村知子さんは頑張っています。二村さんは私に「この本はぜひ読んで欲しい」と言って『典獄と934人のメロス』を勧めてくれました。読んで感動した私は友人のKさんに差し上げました。私同様、感動したKさんは隆祥館書店に行って、その本を7冊も買って友人に配りました。二村さんから後日電話が入り、「今井さんのお友達は素晴らしい」と褒めていただきました。
 本は素晴らしいです。紙の本も、街の本屋さんもなくならないで欲しいです。
posted by 今井繁之 at 16:55| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする