2016年05月13日

透明性は確保されたのか? 新五輪エンブレム


 2020年の東京五輪・パラリンピックの新しい公式エンブレムとして、アーティストの野老朝雄(ところあさお)さんの作品『組市松紋』が最優秀作品として採用されることになった。
 選考が閉鎖的と批判された前回の反省から、大会組織委員会は「参画」と「透明性」をテーマに掲げ、最終候補4作品を公開して、国民に意見を募るという五輪史上初の手続きを取った。エンブレム委員会の宮田亮平委員長は「公明正大と胸を張って言える」と話す。
 ベルギーの劇場のロゴマークに酷似しているという訴えがあり、使用差止めを求められた佐野研二郎氏の作品を選んでしまった前回の失敗に懲りて、今回は応募条件を事実上、撤廃して、多くの人の参画を求めた。
 前回が「プロによる密室審査だ」という批判に対して、今回はエンブレムを検討する 「エンブレム委員」にはホームラン王の王貞治さんやテニスプレイヤーの杉山愛さん等各界の著名人19名(後に2名追加され21名)が集められた。
 応募条件の引き下げと話題の加熱もあって、新エンブレムの応募総数は1万4599件と、前回の104件に比べると実に100倍の応募であった。
 本来のお仕事があってお忙しくしている王さん達がこれを一つ一つ審査するとなると大変だなあ、ご苦労様だなあと私は同情した。
 当初、発表された著名人19名の委員が審査に当たると思っていたが、実際は元総理大臣の森義朗氏が委員長を務める組織委員会から依頼があり日本グラフィックデザイナー協会の現役理事および元理事の2名の専門家が委員として加わることになった。
 審査は王さん達のエンブレム委員だけで行ったのではなく、オープンにはなっていないが、エンブレム委員以外に五輪組織委員会の事務局員、そしてエンブレムをデザイン面から実質的に審査する「審査員」という20名の委員が関わっていたという。追加された2名のエンブレム委員も、実質的な審査をする「審査員」も五輪組織委員会から日本グラフィックデザイナー協会に推挙の依頼があり、協会から委嘱された専門家の人達であったという。
 1万4599件あったものを条件や形式などのチェックがまず行われて、1万666件となり、このチェック作業は事務局員によって行われたという。
 残された1万666件は20名の「審査員」がデザイン面の審査を行ない、311件に絞られたという。この311件が事実上の二次審査へと進み、さらに「審査員」によって64件に絞られた。
 本年の1月7~9日にこの64件から4作品を選出する本審査の段階で王さん達のエンブレム委員が登場することになったということである。だから私はあまり同情する必要はなかったかもしれない。
 この4作品を選出する本審査の段階でも専門家である「審査員」が活躍したのに相違ないと思う。最終候補となった公開された4作品はいずれもプロのアーティストやデザイナーによるものであった。公開された4作品の内訳は、当初の候補4作品のうち商標調査をクリアしたのは1作品だけで、3作品は落選、そこで次点4作品を繰り上げて商標調査でチェックした結果2作品が残り、2作品は落選したという。3作品だけでは具合が悪いということになったのか、選外だった56作品のうち1作品を繰り上げ最終候補の4つにしたという。
 ただ、どのような話し合いで64作品から候補の4作品になったのか、また次点の4作品、繰り上げられた1作品もどのようにして選出されたかは宮田委員長は「選考の詳細は明かさない」と言うから部外者にはまったく分からない。選考結果ではなく、選考の方法を明かすことは透明性の確保という点からいったら非常に重要なことだと思うが、宮田委員長の頭にはそれはなかったようだ。
 最終候補になったA、B、C、Dの4作品は次の通りであった。
 A案は「組市松紋」はアーティストの野老朝雄氏の作品で、制作意図は「市松模様をデザイン。伝統色の藍色で粋な日本らしさを表現」という。
 B案は「つなぐ輪、広がる和」はデザイナーの久野梢氏の作品で、制作意図は「選手の躍動と観客の喜びの“輪”、平和や調和の“和”を表現」という。
 C案は「超える人」はアートディレクター、デザイナーの後藤崇亜貴氏の作品で、制作意図は「風神、雷神をモチーフに選手の姿勢を描いた」という。
 D案は「晴れやかな顔、花咲く」はデザイナーの藤井智恵氏の作品で、制作意図は「空に向いて咲く朝顔に競技者や応援者の感情を重ねた」という。
 (文字だけではイメージしづらいと思いますが勘弁してください)

 最終候補4作品の中からどれにするかという決定の前に、組織委員会は「国民の声」を聞くことにした。
 発表日から10日間、ホームページやハガキなどで広く意見を集めた。
 ホームページには二つの項目で意見を聞かせてくださいとあった。
 一つはそれぞれの作品について、以下の7つのキーワードのうち、どの印象を強く受けるか選択してくださいというものであった。(複数回答可)
 [ ]スポーツの力 [ ]日本らしさ・東京らしさ [ ]世界の平和 [ ]自己ベスト・一生懸命 [ ]一体感・インクルージョン [ ]革新性と未来志向 [ ]復興・立ち上がる力
 二つ目の項目は、「大会ビジョンやキーワードを踏まえ、作品から受ける印象などを150文字で自由記述する」というものであった。

 この意見を聞かせてくださいというのがどのような意図から出てきたのかが分からないが、一つ目の設問にある「スポーツの力」等の言葉は新エンブレム応募要項にあった「デザインする上で踏まえて欲しいというキーワード」そのものであった。
 そのキーワードで問い掛けるよりも、選考に当たっての考慮事項として挙げられた次の5つの方がよかったのではないかと私には思われる。
 ①共感性(多くの人に共感してもらえること)
 ②シンボル性(東京2020大会のシンボルとなること)
 ③デザイン性(デザインとして優れていること=オリジナリティにあふれ、個性的であ  ること)
 ④展開性(ライセンス商品や大会装飾など、さまざまな媒体で展開可能であること)
 ⑤再現性(カラーだけでなく、モノクロや拡大・縮小で再現してもデザインイメージの  変化が少ないこと

 組織委員会には10日間で、約4万人、延べ11万件の意見が寄せられたという。ポジティブな意見が大多数占めたのは作品Dであった。検索大手「ヤフー」の「Yahoo!ニュース 意識調査」でも17万票余りの投票で、作品Bが32.3%の支持を集めてトップ、作品Dが29.5%で続き、作品Aは最下位であった。
 ただ、組織委員会は「意見について参考にはするが、国民投票ではない」としており、ほとんど参考にしなかったようなので、このような意見を聞く必要はなかったのではないかと思われる。
 意見など最初から聞く気はなく、審査でもデザインの専門家の意見が通ったのだろうから王さんを始めとするエンブレム委員も単に国民の多くから意見を聞いたという言い訳に使われたようなので、エンブレム委員の人達には大変気の毒な気がする。
 エンブレム委員による投票の結果、作品Aが13票の過半数を取って選ばれたが、作品Aが選ばれたのは「デザイン性」を重視したからではないかと思われる。
 極端に言えば、この「デザイン性」一本で決めたといってもよいかと思う。
会議を主導した専門家である「審査員」の皆さんは「今回は前回のように海外から訴えられることのないようにデザイン性を一番重視するべきです」と話して、王さんを始めとする素人委員を説得したのではないかと思う。それでも五輪のエンブレムだからということで専門家の意見に反発した委員もいて、その結果、作品Bに1票、作品Cに2票、作品Dに5票ということになったのではないかと思う。
投票した委員はキーワードと選考に当たっての考慮事項を頭に入れて、自分がベストと思った案に投票したと思うが、「どうしてそれにしたのですか?」と聞かれたら、「総合的に勘案した結果です」としか言いようのない方が多いかと思う。
 確かに作品Aであれば、スポーツはイメージできないが、オリジナリティにあふれ、個性的であり、日本らしさもあり、海外からクレームが付けられる可能性は非常に少ない。
 納得度の高い透明性のある選考ということであれば、考慮事項として挙げられた①共感性 ②シンボル性 ③デザイン性 ④展開性 ⑤再現性を評価基準にして、どの事項を重視するのかについて遠慮なく話し合い、評価基準について委員の合意を得た上で、4つの案を横に並べて、評価基準ごとにどの案がより優位性があるかを話し合って点数をつけたらどうなっただろうか? 恐らく、結果は違ったものになったような気がする。

 エンブレムはオリンピックの単なる飾りであり、それほど重視するものではなく、国民世論を二分するようなものではないので、これ以上あれこれ言わない方がいいのかもしれないと思うものの、しかし、「公正で透明性の高い選考を行う」と宣言したのだから、公正で透明性の高い選考方法で行った方がよかったのではないかと思う。今回は前回に比べれば少しはましだが、どう考えても公平で透明性の高い選考をしたとは思えない。
 実業界からもエンブレム委員が選ばれていたから、その方が前回のコラムで紹介したホンダの副社長(当時)西田通弘氏のように、「複数の候補案があって、どれかに決めなければならない時はこのような考え方があります」と、私が日頃の研修で伝えている「最適案選択決定の手順」を委員の皆さんに紹介してくれたらよかったのにと思う。
 繰り言になって恐縮だが、本来、昨年の夏にお蔵入りするはずだった5色の桜の花が輪になった招致エンブレムが当日も会場にあったというが、このエンブレムを採用すればよかったのではないかと思う。美大の女子学生の作った作品だが、東日本からの復興というメッセージも入っていたというのだから、より好ましいエンブレムのような気がする。
 この作品を作品Eとして前記のA~Dの作品と並べて、王さん以下の当初の素人の審査員19名で評価したら、ひょっとしたらこの作品が一番高い評価点を得たのではないかと思う。
 佐野研二郎氏の作品を取り下げて、次はどうするかといった時に、この招致エンブレムの採用は本当にダメなのかどうかを真剣に検討するべきであったと思う。
 検討した結果、招致エンブレムでいけるとなったら、オリンピック大会運営費の節減に大いに寄与したと思うだけに大変残念である。
posted by 今井繁之 at 16:34| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

燃費データの不正はなぜ行われたのか?


 三菱自動車は2016年4月20日、軽自動車4車種で燃費を実際より良く見せる不正を意図的に行っていたと発表した。合計62万5千台が対象で、多方面にその影響が広がっている。
 三菱自動車の4月の軽自動車販売は前年同月比44.95%と大きく落ち込み、供給先の日産自動車も51.2%のマイナスになったという。販売を中止している三菱自動車の「eKワゴン」「eKスペース」、日産自動車の「デイズ」「ディズルークス」は両社の国内最量販車種であり、三菱自動車にとって国内販売の4割強、日産自動車にとっても2割強を占めるというだけに打撃は大きい。軽自動車4車種を生産する三菱自動車水島製作所では全工場従業員約3600人のうち約1300人を一時帰休にしたという。
 一時帰休ですめばいいが、そのうちに解雇ということになったら、現場の人間はたまったものでない。
 水島製作所と長年取引している協力会社や関連部品メーカーの人達にとっては死活問題に発展するだろう。
 苦境を察して?日産自動車のカルロスゴーン氏が資本業務提携を申し出てくれたので、最悪の事態は避けられるかもしれない。

 それはともかく、今回の不正工作がなぜ見つかったかというと、三菱自動車に生産委託している日産自動車が自社で次の軽自動車を開発することになった関係で、三菱自動車に委託していた従来車種の燃費を測定したところ、国交省に届け出た値との乖離が判明したという。
 日産自動車からの指摘があったので、三菱自動車のトップは急ぎ社内調査を指示した結果、不正が分かったということであり、日産自動車からの指摘がなければ永遠に不正は判明しなかったかもしれない。
 記者会見した三菱自動車の相川哲郎社長は「燃費を実際よりよく見せるため不正な操作をし、国内法規と違う方法をしていたことが分かりました」と語っているが、実際の燃費は届け出数値より5~10%悪くなる可能性があるという。公表していた三菱自動車の 「eKワゴン」の燃費性能はガソリン1㍑当たり30.4㎞で、同3㎞ほど水増ししていたことになる。

 三菱自動車では2000年に内密に回収・修理する大規模な「リコール隠し」があった。
 「リコール隠し」は2004年にもあった。2002年には池井戸潤さんの小説「空飛ぶタイヤ」(講談社文庫)で取り上げられた大型車の死亡事故が山口県と横浜市で相次いであり、欠陥を組織的に隠したり、国に虚偽の説明をしたりしたということで、元社長らが有罪判決を受けている。
 このような不祥事は製造現場の人が意図的に行えることではなく、指示・命令・監督するトップを含む経営陣に最大の責任があると言える。
 記者会見で、今回の燃料データの不正については検査に当たった第一性能検査部長(2013年当時)が「不正は自分が指示した」と自白していると言っていたが、それがその検査部長の一存で行われたのか、またなぜそのようなことをしたのかという説明がなく何か変な感じがした。
 客観的で徹底的な調査を行うために「外部有識者の調査委員会を設置してそこに任せる」という発表があったが、自分達の責任で行うと、しがらみというか、気兼ねがあって真実を明らかにすることができないということなのだろう。

 そもそもなぜ不正行為をしてしまったかといえば、記者会見に同席した中尾龍吾副社長が認めているように、当時の三菱自動車の本当の燃費ではエコカー減税を受けられなかったので、それを避けるために不正操作をしてしまったということである。
 さらに競合他社が自分達よりも低燃費の新商品を出すという情報が得られた段階で、競合他社であるスズキやダイハツ工業に販売競争で勝つために、自社の開発中の商品の燃費目標を引き上げたことが不正行為に追い討ちをかけたようである。
 新聞情報によると、「eKワゴン」の当初の燃費目標はガソリン1㍑当たり「28㌔」だったが、スズキが2012年9月に28.8㌔のワゴンRを発売。ダイハツ工業が同年12月に売り出した「ムーヴ」の燃費が「29㌔になる」という情報が伝えられると、社内会議で目標が引き上げられたと関係者は明かしている。
 「eKワゴン」の発売予定の時期が間近に迫る中、ライバルとの差を埋めようと、開発陣は必死になって頑張ったものの、目標に到達することは難しく、上司に相談したところ、「他社にできてウチができないことはないだろう、全身全霊をかけて何としても頑張れ!目標を達成できなかったら辞表を持って来い!」というようなことを言われたのではないかと想像する。最初は「無理です。どう頑張ってもできません」と言ったものの、「何としてでもやれ!」と言われたので、「分かりました、何とか頑張ってみます」ということで関係者間で話し合って、「仕方がない。辞めさせられるのは嫌だから、何とか工夫しよう」ということで燃費性能の偽装工作をしたのではないかと私は推測する。

 現場にタッチしていない部外者の私がそのような大胆な推測をするのは、2015年11月、主力車「RVR」のモデルチェンジを担当していた開発担当の部長二人がホウレンソウ(報告・連絡・相談)不足ということで諭旨退職になるというショッキングな報道に接したからである。
 諭旨退職というのは会社が決めた期日までに自主退社(自己都合退職)しなければ懲戒解雇になるという処分であり、業務上の失敗でこの処分はきついといえばきつい。
 スポーツタイプ多目的車の「RVR」は2014年度の販売台数14万台、三菱自動車全体の売り上げの2割を占める主力車であった。2010年に行った前回モデルチェンジから6年となる2016年には全面的なモデルチェンジを行い、燃費を向上させたガソリン車と家庭用電源で充電できるプラグインハイブリッド車の投入を予定していた。
 諭旨退職になったのは車両の重量が想定より増えてしまい、結果的には燃費や二酸化炭素排気量といった目標数値をクリアすることができなかったことと、さらに上司に対して、達成見込みやリスク情報を正しく報告せず、上司の問い掛けに計画通りに達成できるという虚偽の報告をしたことの責任を取らされたということである。
 中間報告を適切に行っていなかったとか、虚偽の報告をしていたというが、そんなことはなく、「目標達成は困難です」という中間報告をして善後策を相談しても、上司から 「そんなことでどうする! 少しは考えろ! 何とかしろ!」と激しく激励?されていたのではないかと想像する。そして、どんなに頑張っても無理と判断した段階で、二人の担当部長は勇気を奮って現状を率直に打ち明けたと思うが、その結果が「諭旨退職」という残酷な処分が待っていたということだと思う。
 この厳しい処罰からの類推であるが、極端なことを言って申し訳ないが、三菱自動車では、日頃から、上司の指示した目標達成は絶対であり、「それは難しいです」と物申すことは許されない雰囲気があったのではないか、そして、目標をクリアできなければ厳罰に処するという不文律があり、その厳罰を恐れて今回のようなデータの不正という行為に走ったのではないかと思わざるを得ない。

 一般論であるが、ビジネスの世界では所与の目標を何としても達成しなければならないと頑張る精神は必要であるが、目標が余りにも高いものであり、日程的にも余裕はなく、目標達成は難しいということになった場合、通常は部下は上司に相談するものだ。
 でも、意を決して相談に行っても聞く耳を持たない上司であったり、少しでも弱気なことを言うと厳しい言葉が返ってくるということになると部下達は途方にくれる。
 上位者、それもトップがあまりにも厳しい態度、かたくなな態度に終始して、部下の言い分に耳を傾けず、目標未達の場合は厳罰に処すると言われると部下は正直に報告しなくなってしまう。
 以前、湯沸かし器の一酸化炭素中毒事故で多数の死者を出したパロマ社の事故当時のトップだった小林社長は謝罪の記者会見の席上で関係部署から事故の報告がすべて上がってきたわけではないことを明かし、「私が安全を強調しすぎたため、(事故の)正直な報告が出しにくくなったかもしれない」と話していることから、あまり厳しく叱り、過酷なペナルティを課すようであると正直な報告を妨げることになりかねないので組織の上位者は己をコントロールしなければいけない。

 私は20数年前、三菱自動車岡崎工場にお伺いして管理職一歩手前の有能若手社員に問題解決・意思決定力強化の研修講師を務めさせていただいた。
 受講者の皆さんの頭脳は非常に優秀で、かつ性格も素直な人達ばかりであった。この会社の将来性を信じて疑わず、トヨタやホンダに負けない、むしろ凌駕する会社になるだろうと思っていた。
 今日のような不名誉なことが起きたのは、酷なことを申し上げて恐縮だが、トップを含む幹部の指導力に問題があったと言わざるを得ない。
 私は今でもこの会社の人事教育部門の方とお付き合いをしているが、時折、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)の研修、それも上位者向けにやったらどうかと話していた。
 うまくいかない、困ったことになったといった時、部下が上司に報告・相談する、それを聞いた上司は親身になって部下と善後策を考えるといったホウレンソウが日常されていれば今回のようなことはなかったのではないかと思うだけに非常に残念である。
 今回の三菱自動車の出来事を他山の石として、経営トップの皆さんには自社でもこのようなことが起き兼ねない組織風土になっていないかをチェックするべきである。
 もし、上位者の高圧的な言動で部下が正直にものが言えないような組織風土になっていることが判明したら、どうしたらよいかを真剣に考えることをお勧めする。

posted by 今井繁之 at 16:30| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2016年05月03日

「お客様を離さない『感動』を提供する」

 先日、週刊誌の『週刊現代』を読んでいたら「ユニクロ、マックの失敗は他人事ではない ある日、突然捨てられる会社」というタイトルで、ユニクロを経営するファーストリテイリング社とマックを経営する日本マクドナルド社の業績が悪化したことを特集していた。そこに何故、あんなに光り輝いていたブランドが消費者の信頼を失ったかが書かれていた。

 同誌にはユニクロの売上げが伸びて来たのは、取り扱い商品が低価格なのに機能性が高かったからであり、それをユニクロ商品は高くても売れると踏んで値上げに踏み切ったのが客離れを招いたとあった。たとえ価格以上に品質がよくても、安くないユニクロ商品を欲しいと思う消費者はそれほど多くなかったということである。
 マックも同様で安心できる商品を低価格で提供するということが消費者に支持されて来た理由だったが、鶏肉の賞味期限切れの偽装を始めとするお客様の信頼を損なうようなトラブルを続出させてお客様に不安感を与え、それが払拭されないうちに、商品の値上げをして客離れに追い討ちをかけてしまうという誤った経営によって、どんどん業績の悪化を招いてしまったとあった。
 両社共、これまでご愛顧してくれたお客様の求めているものと企業トップの目指すものとが異なり、お客様はそのギャップに違和感を持ち、どんどん離れていったということである。

 同誌の中で、どうしたらそのような客離れを阻止できるか、お客様に飽きられないにはどうしたらよいかについて、城南信用金庫前理事長(現相談役)の吉原毅氏が、「使い古された言葉かもしれないが」と前置きした上で、『感動』という言葉をキーワードに挙げている。

 吉原氏は

「お客様に感動を与えて、いかに喜んでもらうか。経営とは、感動を生む価値を創造し続ける営みといっていい。それだけが飽きられない経営かもしれません。ただ、企業規模が拡大するにつれて、経営者はそうした経営の原点を見失ってしまう。柳井会長は20年に売上高5兆円、経常利益1兆円を目指すと公言されていますが、そんなことは消費者には関係ないことです。マックも日本に上陸した当初は、大きな感動を与えました。ところが収益率の向上を目指すあまり、消費者に利幅の高い商品を買わせることが目的になってしまった。これでは消費者が離れるのは当然です」

と語っている。
                   
 確かにその指摘は当たっていると思う。私自身の体験でも、かつてユニクロのフリースを2980円だったか、3980円だったかで購入した時、こんなよいものを、よくぞここまでの低価格で提供してくれるのかと感動したことを覚えている。
 ヒートテック商品が登場した時も、こんな商品が欲しかった、こんなに価格が安くてもよいのかなと思いつつ購入して、着心地のよさに満足して、知人に紹介した覚えがある。
 私も含めて消費者はユニクロに安くてよい商品の供給を求めており、ユニクロが海外展開して、ZARAなどの世界的な同業他社との競争に勝つなんてことは眼中にないと思う。

 マックも同様で、私はかつて塾帰りの息子を迎えに行き、帰途に駅前にあったマックに入り、息子が美味しそうなハンバーガーを三つ、私がフイッシュバーガーを一つ食べても、代金は1000円にもならなくて感動したことを覚えている。
 美味しくて、安心できる商品が手頃な価格で、それも待つこと数分で提供してくれるからマックのお客様になったのである。

 吉原氏の「経営とは感動を生む価値を創造し続ける営み」という言葉から、私は、お客様に「感動」を与え、その「感動」を与える姿勢を続けることによって、見事な業績を挙げている団体があることを思い出した。
 それは埼玉県民共済生活協同組合(以下県民共済と称する)という団体である。
 この県民共済は生命保険を扱っている。県民共済の生命保険の加入者数は約300万人で、この数字は埼玉県の人口約700万人の約40%である。
 共済は、特定の集団の構成員が掛け金(保険料)を出し合う非営利の団体で、不特定多数の人を対象とした営利事業の生命保険会社と異なる。しかし、保険の加入者からしてみれば、不慮の病気や事故の際に保障を受けるという機能は共済でも保険会社でも変わらない。

 共済は生命保険会社と異なり、タレントや人気キャラクターを使った派手な広告はしていない。それでも加入者が獲得できている理由の一つは掛け金(保険料)の安さである。
 共済の実質的な掛け金は生命保険会社と比べて非常に安い。共済では共済金の支払いや人件費で使われなかった余剰金は年度末に加入者に還元される。還元額は支払った掛け金の約4割であるという。この還元額の多さに加入者はびっくりするという。

 この県民共済の生みの親である元組合長の正木萬平さんは、還元額の多さだけで加入者を増やせない、もっとびっくりさせるもの、感動させるものがないといけないと考えた。
 共済にしても生命保険・損害保険にしても、加入するのは万が一に備えてであり、その万が一が発生した時に請求の手続きをしたら共済金や保険金は確実に支払ってくれるものと思っている。請求の手続きをしたらすぐにでも支払ってもらいたいというのが加入者の気持ちであり、自分が考えていた以上に早く支払ってもらえると大変有り難く感じる。
 ところが、この支払いが思った以上に遅くなると、ひょっとしたら支払ってもらえないのではないかと不安になる。さらにあまり時間がかかると何故こんなに遅いのかという不満に発展する。

 正木さんはそこに目をつけて、支払いを競合他社のどこよりも早くすることにした。

 県民共済では今日、支払い申請の書類を出すと、通常の場合、翌日には振り込まれる。
 なぜそのようなことができるかというと、県民共済の担当者は朝の7時55分、本社から車で5分のところにある与野郵便局に向かう。郵便局からの配達を待たずに、前日までに新規や現在の加入者から届いた郵便物を自ら取りに行くのだ。それを本社に持ち帰ると早速開封・分類作業を始める。共済加入の申し込み書なのか、共済金支払いの申請書類なのか、送られてきた書類が分類される。支払いの申請書であれば共済金を契約者の口座に入金する作業がすぐ始まる。午前11時までにデータ入力が終わった契約は午後2時に、午後2時までに終わった契約は午後5時に早速、共済金が振り込まれる。詳しい調査が必要な一部の契約を除いて、大部分はその日に支払い業務が完了するという。

 正木さんは、「書類を受け取った当日中に払わないと、お客様は感動しない。感動してもらうには、郵便局員が配達に来るのを待っていたのでは遅い」と言う。
 この支払いの早さには誰もが感動する。

 さらに県民共済が凄いと私が思ったのは、県民共済の職員は県内で不幸はなかったか、新聞の社会面に目を光らせ、不幸があった場合、被害者が加入者かどうかを確かめ、加入者なら共済金を支払う手続きを請求前に進めるという。
 正木さんは『「寝た子は起こすな」と言われるが、うちは『寝た子は起こせ』をモットーにしている」と言っているので、加入者の家族から請求がなければこちらから知らせているのだろう。
 加入者が家族に加入の事実を知らせているとは限らない。加入していることを知らなかったところに、共済から「ご加入されていますので支払い申請の書類を送りますので、必要事項記入の上、送り返して下さい」と言われたら、その親切に感謝することは間違いない。

 毎月支払った掛け金の4割が戻ってくるので、掛け金(保険料)の安さには少しは感動するかもしれないが、それを口コミで周りの人に話すかといったらそれはあまり多くはないだろう。
 共済金のお支払いが請求した翌日には振り込まれるという対応の速さと寝た子を起こすといった共済側の取り組み姿勢には感動して、周りの人に話すことは十分あり得る。
 県民共済はチラシを新聞に入れるだけで、生保レディのような営業スタッフはゼロであるというが、支払いを受けた加入者の口コミが最大の販売促進策になっていると思う。
 スピーディかつ確実に共済金が支払われることは、加入者に「感動」と共に、共済に入っていてよかったという「安心」を与えているはずである。

 この県民共済の「感動」と「安心」を与えるという姿勢は一般消費者を対象に商いをしている他の業種でも十分参考になるのではないかと思う。
 商いではお客様の要望する商品なりサービスを提供することにより代価を受け取る。
 しかし、この競争の激しい時代、お客様の要望する商品なりサービスを提供するのは当然であり、それ以上の満足を与えないとライバルに勝つのは難しい。
 それ以上の満足とはお客様の期待以上の商品なりサービスを提供することであり、それが感動を呼び、次のオーダーにつながる。

 ただ、人間は飽きやすい動物であるので、飽きられないために常に感動を与える工夫をしないとお客様は徐々に離れていってしまう。創業時の原点を忘れることなく、それは維持すると共に、さらにもっと感動を与えることはできないかという日々の努力が必要になる。それがあってこそ、お客様に飽きられることなく、好業績を維持できると言える。                                    
posted by 今井繁之 at 10:58| コラム | 更新情報をチェックする