2018年07月24日

最後の晩餐にあんドーナツを

         
 大阪に本社があるTという会社で研修を終えて、「今回も大変お世話になりました」と挨拶をして辞去しようとしたら、事務局を務めた植田さんが「先生、お帰りの新幹線の中で食べてください」と言って渡してくれるものがあった。開けるとその中にはあんドーナツが2ヶ入っている。「お気遣いいただいてどうもありがとうございます」とお礼を言って、有り難くいただいて来た。
 なぜ、そのようなことがあったのかというと、以前、植田さんに下記の「最後の晩餐に食べたいもの」という文章を上げたことがあり、それを覚えておいてくれたからである。 長い文章で恐縮だが以下をお読みいただければ幸いです。

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 [最後の晩餐に食べたいもの]
 以前、久米宏さんがキャスターを務めていたニュースステーションという番組の中で 「最後の晩餐」というコーナーがあった。有名人であるゲストにこの世にサヨナラする最後の日が来た時、あなたは何を食べたいかを聞くというものである。          
 番組の中でゲストがその好物を食べながら「なぜそれを食べたかったのか」とその食べ物に関する思い出を語るというものであった。大体のゲストは子供の頃、感激して食べたものを挙げていた。それを見ながら自分がそのように問われたら何と答えるかを考えた。  私の答えは「あんドーナツ」である。                       
 なぜ「あんドーナツ」かと問われても、これは「好きだから」としか言いようがない。
 「なぜ好きなのか?」と聞かれたら、理由はひとこと、「美味しいからだ」である。  
 「あんドーナツ」に関する思い出で、今でも私の脳裏に鮮やかに残っているのは「あんドーナツ」を一番最初に食べた時のことである。
 中学1年、13歳の時、私は家計を助けるため長崎市内浦上地区で新聞配達をしていた。 
 ある時、新聞の購読を勧誘するおじさんを私が配達している地域に案内したことがあった。その地域に私が配達している新聞を購読していなかったパン屋さんがあった。勧誘員のおじさんは店の主人に購読を勧める前に、私に「好きなパンを食べてもいいよ」と言う。  私は以前から一度でいいから食べてみたいと思っていた「あんドーナツ」を迷わず手にしてむさぼるようにして食べた。涙が出るほど美味しかった。食べ終えたが、おじさんの交渉は成立していない。一つだけという制限はなかったのでもう一つ、「あんドーナツ」に手を出して猛スピードで食べた。まだ交渉は成立してない。この機会を逃したらこんな美味しいものを食べるチャンスは永久に来ないだろうと思えた。いささか無理して三つ目の「あんドーナツ」を食べた。さすがにこれ以上食べる気はしなかった。店の主人は私が「あんドーナツ」を食べるのをちらちらと見ていた。私が「あんドーナツ」を三つ食べたのが功を奏したのか、勧誘交渉はうまくいったようである。勧誘のおじさんはパン代を支払う時、私に「好きなパンを食べろといったが好きなだけ食べてもいいとは言わなかったぞ。これでは赤字だ」と文句を言うが後の祭りである。
 「あんドーナツ」を食べたのはこの時が生まれて初めてであった。本当に美味しかった。 こんな美味しいものがこの世にあるのかと感動した。そしていつの日にかお給料をもらう身分になったら、自分のお金で「あんドーナツ」をお腹いっぱい食べたいと思うようになった。

 中学生時代の大半を長崎市内で過ごし、新聞配達でなにがしかのお金をいただいていたので「あんドーナツ」を購入できないことはなかったと思う。しかし、当時のわが家は経済的に苦しかったので、新聞配達で得たお金は家計を助けるため母親に全額渡していたので、それは叶わなかった。だから新聞勧誘のおじさんの好意で「あんドーナツ」を腹いっぱい口にして以降、中学を卒業するまで食べることはなかった。            
 昭和30年代の前半くらいまでは現代では考えられない位、食料事情は悪かった。   
 アイスキャンデーはあったがアイスクリームなんてものは庶民の口には入らなかった。 いちごショートケーキのようなケーキがあったかもしれないが、わが家の経済的事情ではそのような高価なものは口にするチャンスは絶無であった。             
 食べ物としてバナナがあったが、当時のバナナは高級品であり、私にとっては高嶺の花であった。今、わが家で子供が少し黒ずんでいるバナナを見て「これは傷んでいるから食べるのはやめとこう」なんてことを言うのを聞くと、私は頭にきて、「バナナを何と心得ているのだ。こんな高価なものは多少傷んでいても全部食べなければダメだ」と言う。  
 子供はこのおっさんには付き合いきれないという表情を浮かべている。この連中はものの価値を知らない、実に嘆かわしいと思うものの、世の中は変化して今やバナナは庶民の食べ物になってしまっており、時代錯誤なのは私かもしれない。
 でも、食糧事情の悪かった時期に食べ盛りの少年時代を過ごした私にとっては多少黒ずんでいてもバナナはバナナであり、食べないで捨てるなんて罰当たり?な行為は許されないことである。                                  
 私の少年時代は道端にある野いちごを食べたり、蜂の巣を落としてその中の卵を食べたり、イナゴやバッタを焼いて食べたりするのが当たり前だった。            
 何かの集まりがあって、そこで少年時代に何を食べたかという話になった時、食べたものが一致すると、同世代であったことが確認できたりすることがあるが、私の同世代の人達の食べ物はおしなべて貧しかった。                       

 昭和32年に中学を卒業して、初めてもらった給与で念願の「あんドーナツ」を購入した。この時、自分が稼いだお金で大好きな食べ物を好きなだけ食することができる幸せを味わった。                                    
 昭和40年代の後半だと思うがミスタードーナツとかダンキンドーナツといったドーナツ専門のお店が出現するようになった。色々なドーナツが出現したが、私にとって、昔からある「あんドーナツ」が一番である。                       
 中年になってから、どういうわけか「あんドーナツ」をより食べるようになってきた。 私のお腹が出て来たのと「あんドーナツ」は相関関係があるような感じがする。娘から「『あんドーナツ』は太るから食するのは少し控えるように」とアドバイスされているが娘の目の届かないところで食べている。
 疲れた時には「あんドーナツ」が特に美味しく感じられる。研修や講演を終えて帰京する際の新幹線の中でコーヒーを飲みながらパン屋さんで求めた「あんドーナツ」を食べるのが無上の喜びとなっている。

 なぜ「あんドーナツ」をこんなに好んで食べるのかと考えると貧しかった少年時代に腹いっぱい食べれなかった反動からかもしれない。
 「あんドーナツ」をこの上もないご馳走と思えるということは決して悪いことではないと思っている。何でもかんでも口にすることができるという恵まれた生活をしてきた人にとっては「あんドーナツ」のようなものに渇望感を感じることはあまりないだろう。
 私は「あんドーナツ」に限らず、いつかは美味しいものを沢山食べれるようになりたいという夢を持って歩んできたが、貧しい時代があったから、そういう夢を持てたのであって、私にとって貧しかったということは必ずしも悪いことではないと思っている。
 最後の晩餐がいつ訪れるか分からないが、もし許されるのであればコーヒーをかたわらに置いて、「あんドーナツ」を2ヶ、味を噛み締めながら食したいと思っている。
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 この文章を植田さんに差し上げ、それを読んでいただいたお陰で、あんドーナツをいただくようになったが、私の母校である明治大学から依頼されている社会人向けの講座の受講生にも「私はあんドーナツが好物です」と言ったことがあり、時々お会いする受講生であった女性から「これ、プレゼントです」ということで、あんドーナツをいただく機会があり、お腹は当分の間、ひっこみそうもない。

posted by 今井繁之 at 15:58| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年07月10日

 嘘つきは泥棒の始まり


 「嘘つきは泥棒の始まり」と子供の頃、親だったか、先生だったか、明確には思い出せないが、誰かに言われた記憶がある。
 大体の意味は承知しているものの、正確な意味は何かと思い、先日、『新明解国語辞典』を引くと、そこに「平気で嘘をつくようになると、良心がなくなって、盗みも平気でするようになる。嘘をつくのは悪の道に入る第一歩であるので、嘘をついてはいけないという戒めである」と出ていた。
 私を含めて普通の人はこの戒めを守って嘘をつかないように自分に言い聞かせていると思うが、最近はこの戒めを平気で破り、恬(てん)として恥じない人が続出するようになった。
 愛媛県今治市に獣医学部を作った加計学園の事務局長渡辺良人氏は自分が愛媛県庁及び今治市職員に「2015年2月25日に加計孝太郎理事長が内閣総理大臣の安倍晋三氏と面会したのは嘘です。面会した際、安倍総理が『それはいいね』と言ったのも嘘です。あの場の思い付きで職員の皆さんに申し上げました」といけしゃあしゃあと語っている。
 自分の嘘を見抜けなかった県庁及び市役所職員がお馬鹿ですと言わんばかりであった。
 このことについて後日、上司の加計孝太郎氏が形ばかりの記者会見をして「事務局長が嘘を言ったのは確かです。そのような嘘をついたのは獣医学部新設の話を前に進めるためです」と言って、事務局長の嘘を弁護した。あたかも、目的を遂げるために嘘をついても、それは決して悪いことではありませんと言わんばかりであり、これには呆れた。
 この事務局長にこの理事長ありで、事務局長も理事長も一応子供たちの教育に携わっている人達であり、そういった人達が嘘をつくのは方便で許されると平然と言うようであると、この人達の経営している加計学園グループの大学・高校ではどんな教育をしているのか慄然とする。
 こんな学校に高い授業料を支払っている父兄は複雑な思いをしたことだろうと思う。

 しかし、この事務局長及び理事長が語っていることは嘘で、本当は安倍総理と加計理事長は会っており、安倍総理が「いいね」と言ったのも事実だろう。
 でも安倍総理は「2015年2月25日に加計理事長に会っていない。これまで何度も加計理事長に会っているが獣医学部の新設について話をしたことはない」と言っているので、安倍総理を嘘つきにするわけにはいかないということで、嘘の上塗りをしたのだろう。
 嘘をついたと嘘を言う方も悪いが、そのように嘘をつかせる方はより悪いと思う。

 加計学園の問題については安倍総理の元秘書官であった柳瀬唯夫氏は国会で「加計学園側と2015年4月2日に面談したが、この面談は上司である安倍総理からの指示があったから会ったわけではなく、会ったことを安倍総理に報告していない」と嘘を言っている。
 加計学園関係者が東京に出てくる用事があり、柳瀬氏は暇だったので会ったと言う。
 総理秘書官が上司である総理の指示がないのに、一民間教育機関の関係者に会うはずがないのに、柳瀬氏もいけしゃあしゃあと嘘をついた。
 このように嘘をつくのは安倍総理が「加計学園が国家戦略特区制度を使って獣医学部を新設することを初めて知ったのは2017年の1月10日である」という答弁を国会でしているので辻褄合わせをせざるを得なくなったからだろう。
 柳瀬元秘書官は2015年の4月2日だけでなく、その後も2回、4月と6月、加計学園関係者と官邸で会い、どうしたら国家戦略特区制度をクリアできるかというアドバイスをしているが、総理の指示がなければこのような親切なことをするはずがない。
 小学生でも分かる嘘をなぜつくのか、そんなにまでして出世したいのか哀れになってくる。柳瀬氏に子供さんがいるかどうか分からないが、もし、子供さんがいたらどういう説明をしたのだろうか? 大人の世界では嘘をつくのは許されると言ったのだろうか?

 加計学園問題だけでなく、もう一つ、森友学園の小学校建設問題でも、財務省の佐川宣寿前国税庁長官が2017年の国会で嘘を連発し、本年2018年になって国会の証人喚問の席で、前年は嘘をついたことを認めた。ただ肝心なことは訴追される恐れがあるということで真実は語らなかった。公文書の改ざんを指示したことは確かなようであるが、昨年から今年にかけて国政を混乱させたにも関わらず、退職金を少し減額されただけで終わりということになった。
 佐川氏がなぜ嘘をついたのか、なぜ公文書の改ざんを指示したのかというと、安倍総理が「私も私の妻も森友問題に関係していたら総理大臣も国会議員も辞めます」と威勢のよい啖呵を切ったからである。
 佐川氏にしても柳瀬氏にしても、学校を卒業して、国家公務員としてスタートした時は一政治家のために嘘をつくようなことは考えもしなかったことだと思う。
 二人とも国会で嘘の答弁をした時、「嘘をつくのは泥棒の始まり」という戒めを思い出さなかったのだろうか?

 森友問題では近畿財務局の職員が公文書改ざんに関係したことを恥じて自殺している。 その職員のお父さんが2018年5月号の文芸春秋に次のような手記を寄せている。

 私の子は、公文書を改ざんするという法律を犯したまま、その後も平然と生きていくような卑怯な男ではなかったのです。自らの命を絶ってまで「不正は許せない」という信念を曲げなかった息子のことを、私は心から誇りに思います。(中略)
 正義と不正の狭間に追い込まれた息子が、死を以て己の正義を貫こうとしたのであれば、私はこの悲しみをぐっと耐え、息子を称賛してやりたいです。今はそれぐらいの想いです。 息子の命が無駄にならないためにも、誰が、何のために、改ざんするような指示をくだしたのか、真相を究明してもらいたいと願います。
 責任の所在を有耶無耶にされたまま、終わらせては絶対いけないと思います。

 私はこの手記を読んで涙した。
 財務省が隠していた改ざんした公文書を出してきたのはこの手記を読んで心を動かされた職員がいたからだと思う。

 加計・森友学園の問題の根幹は総理大臣の安倍晋三氏にあることは小学生でも分かる。 安倍氏は臆面もなく「公文書の改ざんについてはなぜこのようなことが行われたのか、徹底的に調査をして膿を出す」と言う。
 「膿」は安倍氏そのものであることは誰でも知っており、膿を出すということは安倍氏が総理の座から退くことである。
 森友学園問題では国政を混乱させたが、朝日新聞を始めとするマスコミ及び日本共産党を始めとする野党の追及によって、国有財産の不当な払い下げは防止できたが、もう一つの加計学園問題では愛媛県・今治市役所が93億円という巨額のお金を、さらに文部科学省も毎年相当な補助金を安倍氏の腹心の友である加計孝太郎氏に差し上げることになった。
 政治の私物化は好ましくないと言われるが、これだけ白昼堂々と公金が総理大臣の友人のために使われるのは日本の政治史上、初めてのことであると思う。
 酷な言い方で恐縮であるが、これは総理大臣の犯罪であると言ってもよいかと思う。

 最近、開催されたサッカーのワールドカップに出場したブラジルの名選手ネイマールは相手選手と接触すると、突き飛ばされたというオーバーリアクションをしてレフリーからPKをいただこうとする場面が多く、彼の過剰なアクションを真似する子供たちが「ネイマールする」と言っていると聞いたが、安倍氏もこれ以上長く総理大臣をやるようだと、嘘をつくことを「安倍する」と言われかねない。
 戦後の総理大臣を務めた人達は大体知っているが、安倍氏ほど嘘をつく人はいない。
 嘘をつくことを恬として恥じない人には一日も早く退陣していただき、「嘘をつくことは泥棒の始まりであり、嘘をつくような人にはなってはいけない」ということを親や先生が子供に堂々と言えるようにしなければいけないと思う昨今である。


posted by 今井繁之 at 12:49| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年06月19日

「リスク分析」と「危機管理」

 私は日頃、研修を通じて、「リスク分析」の考え方を紹介している。
 私の紹介する「リスク分析」はあらかじめ発生するかもしれないリスクを想定し、それを発生させないためにはどうしたらよいか(予防対策)、万が一、そのリスクが発生した時はその悪影響を最小に抑えるのにするにはどうしたらよいか(発生時対策)を事前に検討し、準備しておくというものである。
 事前に注意深く考察した結果、予見できるリスクに対しては、周到なリスク対策を講じておけば発生確率を抑制できるし、また発生したとしても最悪の事態になることを避けることができる。
 そうはいっても、時々私たちは一見、予見できないような事故や事件に遭遇することがある。
 2011年3月11日、東日本を襲った大地震と大津波は正しくそれで、この事故は色々なことを考えさせられた。
 日本は地震国と言われており、私もそうだが一般の人でも多少の大きさの地震が発生することは想定できたと思うが、東北から関東にかけてのこれだけ広範囲な大地震の発生と太平洋岸を中心とした巨大な大津波の襲来まで想定できた人は少ないかと思う。
 起きてから「自分はこのようなことが相当な確率で起こり得ると警鐘を鳴らしていた」と言われる識者がいたが、その識者も震度はともかくこれほどの巨大な津波になるとは思わなかったことだろう。
 科学技術の粋を集めたら、今回のような大地震や大津波の発生はある程度予見はできるかもしれないが、その発生を阻止する、あるいは発生確率を抑える効果的な予防対策はないといってよい。
 事故が起きないのが一番好ましいことなので、起こさせないことは大切だが、天災地変のように起こるのを阻止できない事柄については、万が一起きてしまった時にどう対応するかを事前に考えておくことが大切である。
 どれだけ素晴らしい守備力を持っている内野手でも万が一ということがあるので、内野手が球を取れなかった時、外野手が必ずカバーするという体制を整えておくことが必要である。
 起きる確率は非常に少なくても、起きてしまったら手も付けられない惨事になるということであれば、起きてしまった時にどう対応するか、一の矢だけでなく、一の矢が効果がなかったらどうするかという二の矢、三の矢を考えて、備えをしておかなければならない。
 そのような備えをしていなくて、起きてしまってから「今回は想定外であった」といったエクスキューズは許されない。
 想定外というのは思慮が浅い人が言うことで、東日本大震災、特に原発事故は想定外の事故ではなく、想定する努力を怠ったがために起きた事故と言わざるを得ない。
 大地震や大津波の発生を阻止するのは人間の知恵では難しいが、起きてしまった時の影響を最小で抑えることは人間の知恵でできるはずである。

 「リスク分析」はイコール「リスク管理」といえるが、「リスク管理」イコール「危機管理」かというと、いささか違うかもしれない。
 「リスク管理(リスク・マネジメント)」は将来の不安・心配を先取りして、適切な事前対策を講じる、あるいは準備しておき、それらの発生をコントロールし、万が一発生した場合、最悪の事態にならないようなことを考えておくというものである。
 「危機管理(クライシス・マネジメント)」はその文字通り、重大な事故や事件が発生した時にどう対応して、その悪影響を最小に抑えるかというものである。
 「危機管理」には事故や災害を起こさないように事前に対策や計画を立て、それに基づいて行動することも含まれるが、どちらかといえば最悪の災害・事件が実際に起こった後の悪影響を抑えることに重きが置かれているといってよい。
 予見が非常に難しく、発生をコントロールできない重大な事故や事件については「危機管理」が妥当である。

 ではどうしたら適切な「危機管理」ができるか?
予見が非常に難しい重大な事故や事件が発生した際、最初の手の打ち方を間違えると被害がさらに広がってしまうので何を最初にするかが重要である。しかし、長考一番でじっくり考えている時間的余裕はないはずであり、緊急に適切な手を打たなければならない。
 重大な事故や事件が発生した場合、何より求められることは被害を最小に抑えることであろう。事故発生の連絡があった時、起きていることの重大性とこの後の影響の大きさでどう対処するかを決めなければならない。
 予見が難しい出来事、それも重大事故、大事件が発生した場合、それに適切に対処するのに必要な情報がすべてあるということはまず有り得ない。情報がないからといって、か手をこまねいているわけにはいかない。情報の不足の場合には把握できた情報にこれまでの経験・知識及び想像力を働かせて適当に情報を補って、まず対策を立てるべきである。
 そしてこの事態に対してどのような考え方で臨むかという基本方針のいくつかを設定する。最優先するものは何か、それに次いで重視するものは何かという具合に方針を決め、関係者に知らせる。
 
 そういった点で実にお粗末な「危機管理」をして世間の失笑を買った事件が2018年の5月にあった。
 それは日本大学のアメフト部の選手が対戦相手の関西学院大学の司令塔であるクォーターバック(QB)の奥野選手に悪質なタックルをして負傷退場に追い込んだ事件である。
 試合中、無防備状態にある選手に、背後から猛タックルすることは許されないことであり、今回、そのタックルをした宮川泰介という選手もいけないが、それ以上にいけないのはそのようなプレイを指示した日大アメフト部の内田監督及び井上コーチであり、明らかに指示しておきながら「自分達はそのようなことまでやれと言っていない」と責任を回避する言動に非難の声が上がった。
 この二人の指導者の責任回避の弁明に対して、日本大学の再考責任者がその弁明を許容していることにさらに非難の声が広がった。
 私は監督及び井上コーチから猛タックルを命じられたと告白して奥野選手に謝罪している宮川選手の記者会見を見た。宮川選手はどう見ても正直に語っており、タックルそのものは良くないが、ここまで顔をさらして謝るこの学生に好意を持った。
 専門家で構成されるアメフト関東学生連盟の調査でも、タックルをして反省している宮川選手の告白を真実と認め、宮川選手の誤解であったと言い張る内田監督以下の指導者に責任ありと断罪したが、日大の最高責任者は表に出て来ず、学長とか常務理事が登場して、何を言いたいのか分からない会見をして、責任逃れをしている。
 学生スポーツで今回のような悪質な行為は許されるべきではなく、このようなことの発生を告げられた段階で、日大の責任者は起きた事柄の重大性と、この問題を放置しておくと、どのような悪影響が出ることを想像して、至急適切な手段を講じるべきであった。
 今回、日本大学の責任者は自分達の非を率直に認め、関西学院大学及び被害者である奥野選手に即刻謝るべきであった。
 そして、間違った指導をした内田監督以下日大アメフト部の指導者を更迭するべきであった。
 これだけの不祥事を発生させたら、企業であれば最高責任者である社長が出てきて、謝罪の記者会見をするが、日大も最高責任者である田中理事長が記者会見をして、頭を深く下げると共に再発防止策を告げるべきであった。
 「謝罪会見をしたら笑い者になる」というのが、記者会見しない理由だというが、もうすでに十分笑い者になっている。
 現在、就職活動をしている日大の4年生は辛い思いをしているだろうし、来年・再来年の就職活動にも影響があるかもしれない。
 来春の日本大学への入学志望者も激減することだろう。
 すでに社会人となっている日大の卒業生も肩身の狭い思いをしばらくはするだろう。
 なぜあの時、しかるべき手を講じなかったのかと反省してももう遅いかと思う。

 ある程度注意深く考察すれば予見できるリスクには、私の紹介している「リスク分析」の考え方をそのまま使い、予見が難しい、突然起きたような重大な事件・事故については、今回述べた、「危機管理」の考え方で臨めば被害を必要最小限に食い止めることができるのではないかと思う。
 そして、予見が難しい悲惨な事故、事件を体験あるいは見聞したら、それを貴重な教訓として、そのようなことが今後も起こり得ることと考え、二度とそのようなことの起こらないようにする、起きたとしても最小の被害で済ませられるように「リスク分析」を徹底して行うべきであると思う。


posted by 今井繁之 at 12:10| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする